富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.16(「藤虎」の師匠)
「富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.14」で私は、富山市内に最近出来た、今の時代に即した寿司屋「藤虎」への期待を記した。今回はその続きというか、藤虎を生んだ富山の老舗の話をしたいと思う。なので前回までの話をこのリストで読んでいただけるとうれしい。
住宅街のリノベーションした古いビルに隠れ家のように存在する、この寿司屋の親方、石黒幸太郎さんは富山市内の老舗寿司店の息子として誕生。そこで10年ほど修業したのち、ロンドンに旅立ち、日本料理店の寿司部門で長く働いていたという。
開店したのは昨年夏だが、これまで一切メディアにも登場せず、宣伝もしていなく、口コミの客だけで営業してきた。だが、情報に敏感な人にはすでに刺さっているようで、寿司好きな富山県民の方々と話していると「柏原さんが書いていた藤虎、行きましたよ」という声をしばしば聞くようになった。
今年は不漁といわれる白エビや、魚津のもずく、サクラマスの燻製、四方漁港の岩ガキなどの酒肴はひと手間がかかっていて美味しいし、白酢と赤酢のブレンドの酢飯の塩梅もいい。シーズンのトリガイ、アワビ、アジの棒寿司などもよかった。
そうなると彼の修業先の寿司を食べてみたくなる。
前回の原稿では「富山市内の老舗寿司店」と書いたが、それはきちんと裏取り(確認)していなかったからで、さらっと話してくれた名前の寿司屋を調べたら、オーナーは同じ石黒さん。ここに違いないと思って向かったのが「栄寿司」だった。
栄寿司は富山地鉄「東新庄」から歩いて5分程度。車なら北陸自動車道立山ICより 約15分で、大型バスも止められる駐車場も完備しているから、観光や周辺の宴会需要にも対応できる大型店なのだが、1階には広い12席のカウンターが供えられ(ちなみに2階には50人が入れる宴会場がある)、ふたりの職人が下ごしらえに忙しい。目の前のガラスケースにはうまそうな魚が並ぶ。店のHPを見ても、「コシヒカリ・富山の天然水・富山湾のネタ・富山の地酒」にこだわっていることがわかる。
そこまでこだわっている言われたんじゃあ、地酒を飲まないわけにいはいくまい。昼だったが、ビールで喉を潤わしたあとは、羽根屋からスタート。「本日のおすすめ」にあった岩がきが美味しそうだったのでまず頼み、いつものバイ貝の刺身、そして名物のカニ味噌甲羅焼きと一緒に酒肴にした。岩ガキは四方港のもの。目の前で職人が殻からあけ、洗浄して殻に戻して提供する。レモンを絞ってたべると、夏のカキ特有のクリーミーな旨さがあふれ出て、たしかにこれは日本酒しかないだろう。
富山に来たらまずはバイ貝と決めているので、こちらはマスト。コリっとしながら噛み締めると柔らかく味のある身がうまい。カニ味噌甲羅焼きはうずらの卵がいいアクセントになって、さらに酒を呼ぶ。
さて握りに移る。富山に限らず、県外の客は地物の握りを好むが、そんなとき、富山には「富山湾鮨」という強い味方がいる。
富山湾鮨とは、2011年に富山県と県鮨商生活衛生同業組合が、2015年の北陸新幹線の開業をにらんで始めたキャンペーン。キャンペーン当初は43軒が参加(現在は45軒)、「富山湾鮨」は1セット10貫でネタはすべて富山湾産。シャリも県産の米を使用することになっており、富山らしい汁物付き。値段は店ごとに違うが固定価格することで安心して富山の地物の握りを楽しめるシステムだ。栄寿司はキャンペーン当初から参加している。
そのときの美味しい地魚握りをセットで味わえ、しかも値段は決まっているから大助かり。この日握っていただいたのは、ボタン海老、水タコ梅肉、バイガイ、白海老、紅ズワイ蟹、ひらめ、カツオ、太刀魚、アジ、やりいかなど。これにサラダと甘海老の頭を使った味噌汁が付いている。富山の寿司屋は甘めの醤油を使うところが多いが、こちらは辛口で、東京の寿司に慣れている向きには嬉しい。
日本酒を傾けているからゆっくりと握ってもらったが、途中で貫録のある職人が裏から登場した。真新しい白い上着の胸には「ISHIGURO」と刺繡がしてあり、声を掛けたら「いつ行ってくれたんですが、元気ですか?」というから、間違いなく藤虎の石黒さんのお父さんだ。
私は開店当初に入ったので客はまばらだったが、その後は続々。駅からも近く、ロードサイドにあることで、さまざまな導線が期待できるからだろう。宴会にも対応しているが、カウンターに座れば、酒肴から握りまで質の高い寿司を提供してくれる店だった。
物心ついたときから、ここで育ったことで藤虎の基礎が確立したんだなあとあらためて感じた。富山駅からは電車で行くしかないが、いい店を知ることが出来た。
ありがたいなあ。そして、まだまだ続く、富山寿司の旅。
★藤虎
★栄寿司