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ドラマ感想「アンナチュラル」(2018)&もし科捜研をUDIラボのようにするなら

アンナチュラルを見ました。
法医学を題材として社会問題も織り交ぜた非常に面白い作品でした。
簡単な感想と、科捜研と関連した思考実験を記してみます。
(ネタバレを含みます)


アンナチュラルの設定

アンナチュラルは既存の法医学教室や監察医務院とは独立した架空の死因究明機関である「UDIラボ」の活躍を描く。

あらすじ
本作は、設立して2年弱の不自然死究明研究所英語: Unnatural Death Investigation Laboratory)= 通称UDIラボという架空の研究機関(公益財団法人)を舞台に展開する[6]。UDIラボとは、日本における不自然死(アンナチュラル・デス)の8割以上が解剖されないままという先進国の中で最低水準の解剖率を改善するために設立された。国の認可を受けて死因究明に特化した調査を行うのは全国初で、警察や自治体から依頼された年間約400の遺体を解剖している。ここに勤める法医解剖医三澄ミコトを中心に、ベテラン法医解剖医の中堂系、三澄班臨床検査技師東海林夕子、三澄班記録員の久部六郎、所長の神倉保夫らが協力し合いつつ、毎回さまざまな「死」を扱いながら、その裏側にある謎や事件を解明していく。

Wikipedia 「アンナチュラル」(2024年9月22日閲覧)より引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%AB

作中では、
・国立の研究所として全国展開するはずが頓挫し公益財団法人になり「ほぼ民間みたいなもの」
・いつ警察庁と厚労省の補助金が打ち切られるかわからない
・所長は元厚労省
等が言及されており、警察からの司法解剖や調査法解剖を受けながら個人からの依頼も受けている不安定な運営状態の中、年間解剖数のノルマも課されているという厳しい状況が伺えます。

組織体制を見ると、
ドラマの主要人物として
・法医解剖医2人
・臨床検査技師2人
・学生アルバイト1人
・所長1人
がいるほか、背後に映るモブとして数人のスタッフが在籍している様子があります。総勢10人前後でしょうか。

これだけ見ると大学の法医学教室とあまり変わらない規模なので、国立の計画が頓挫したけどここだけギリギリ成り立たせたという経緯も納得がいきます。

その反面、日本の低い解剖率を改善するための理想を掲げてわざわざ作った凄そうな組織なのに体制が脆弱で、「これって大学の法医学教室と何が違うの?」という疑問も生じます。

もしいつか続編が描かれるならUDIラボの理想を体現した大規模施設も見てみたいですね。

ストーリーの感想

第一話と第二話からクライマックスのような展開で一気に引き付けられました。
続く第三話からは裁判や様々な利害関係者と直接対峙するなど、この組織特有の要素を含んだ展開で興味を引きつつ、ラストの展開に向けた各人の動きが飽きさせません。
そして、ラストの大量殺人犯との対決まで濃密な10話でした。
全10話を2日間で一気に見てしまいました。

ごく一部専門的技術的な部分で気になる部分があったりはしましたが、全体として法医学を題材とした作品としてこの上ない素晴らしい作品だったと思います。

エンターテインメントとしての魅力と、解剖率や警察捜査、裁判等を取り巻く社会問題への警鐘が高度に織り交ぜられ、国民の関心を高めたことで将来の法医学に与える影響も大きいのではないでしょうか。

法医解剖と死因究明と犯罪捜査

UDIラボは死因究明のために法医解剖だけでなく周辺状況の調査やほぼ事件捜査とまで言えるような部分まで関わります。
それは死因究明をしようとするならばその調査は遺体だけでは完結せず、遺体の周囲の状況が必ず必要になるからです。

現在の法医学の体制では、法医学者は警察の判断に基づいて遺体の解剖調査を行います(監察医制度のある地域では監察医の判断による行政解剖もある)が、遺体の周囲の状況は警察の捜査による情報を頼りにしています。法医学教室には事件捜査の権限は無く、また現場を調査する人員もありません。(元々権限が無いのはアンナチュラルでも同様のように見えます。)
しかしながら、警察はあくまでも事件の捜査(そもそも事件性のある遺体なのかどうかを含む)のために遺体周囲の捜査を行っており、厳密には死因究明を目的としていません。また、持っている知識や着眼点も法医学者とは異なるため、法医学者が欲しい情報が100%得られるとは限りません。

したがって、アンナチュラルのように死因究明を行う法医学者が遺体の周辺の調査を行う方が理想的と考えられますが、現在の体制からは大きな変革が必要です。
先日テレビで紹介されていたホノルルの事例では、遺体発見時には監察医的な法医学者を含むユニット数名が現場に行って遺体と周辺の調査を行う仕組みがありました。(遺体以外の現場の捜査は警察が行う)
これは理想を実現する1つの形だと思いますが、現場で調査できる法医学者を含めたユニットを24時間態勢で待機させておかなければならないため、相当な人員を用意する必要があります。

もし仮に現在の警察の検視官による検視と警察医による検案を法医学医師で対応しようとすると、警察の検視官の人数が全国で384人(令和5年)なので、これに近い人数の法医学医師が必要になります。
また、解剖に従事する法医学医師はこれと別に必要になります。1人が年間100件の解剖を行うとして、現在の解剖率約10%で年間2万件の解剖に対応するには200人必要です。さらに解剖率100%を目指すなら2000人が必要な計算になります。
(1人の法医学者が現場から解剖までを通して担当する仕組みにしたとしても必要な人員の合計は一緒です)
そして医師以外の臨床検査技師等の補助スタッフも法医学医師の数に応じて必要となるため、現在の全国で法医学医師が150人という規模からは考えられないほどの圧倒的な体制強化がなければ全く不可能であることがわかります。従事する専門家の育成にかかる年月だけでもかなりのものとなるでしょう。

死因究明を行う法医学者と犯罪捜査を行う警察が同じ事件現場の調査を行うとき、両者の目的の違いから対立や利害関係の衝突が生じる可能性があります。いくつかの事項について予めルールを定めておく必要があるでしょう。
・現場鑑識と遺体の調査の優先順位
・解剖するか否かを判断する権限と犯罪見逃しの責任の所在
・情報管理と報道対応の一元化

アンナチュラルで大問題になった情報管理は重要な観点です。情報管理ができていないと作中のように裁判での有罪立証に重大な問題が生じ、多くの人が積み上げた仕事が全て潰れてしまいます。
もし事件現場に信頼できない別組織の人間がいれば互いに支障をきたすのは想像に難くありません。

もし科捜研をUDIラボのような独立組織にするなら

さて、当アカウントが扱うのは警察の科学捜査研究所ですが、科捜研を取り巻く議論の中に「科学鑑定の中立性を高めるために警察組織から切り離すべきではないか」という意見があります。
そこでアンナチュラルに関連して、もし科捜研をUDIのような独立組織(以下、独立科捜研とする)とする場合にどのようなことを考慮する必要があるかを考えてみましょう。

・中立性独立性って何

考え出すとキリがなかったのでとりあえずここでは「警察組織と何の力関係も無い」くらいを定義にします。
警察からの鑑定依頼を受ける時点で一定の関係性は生じてしまいますが、それはさておくこととします。
(極端な話をすると、警察が独立科捜研に鑑定依頼をしなければならないわけではないので、「全部民間に出します」となれば独立科捜研は存在意義を失い瓦解します。仕事を依頼する側と受ける側で一定の力関係が自動的に生じるのは避けられません。)

・予算

UDIラボは不安定な予算環境のために常に多方面からのプレッシャーに晒されていました。独立科捜研には安定かつ十分な予算が必要です。
独立科捜研の運営資金を警察予算からの支出としてしまうと、独立の目的にそぐわないため、警察や検察から独立して予算が手当てされる必要があることになりますが、裁判所の管轄としてしまうことにも批判があるため、どこからの予算とするべきか結論は出ていません。

また、鑑定1件ごとにかかる費用の負担元についても問題があります。
主に警察から鑑定の依頼を受けることが想定されますが、警察の費用負担を無しとしてしまうと、それこそ無限に鑑定を依頼されてしまい独立科捜研はパンクします。しかしながら、かかる費用を警察の負担としてしまえば、前述の独立性の問題が生じるほか、警察が必要最低限の鑑定しか依頼せず、科学鑑定の中立性が高まったとしてもそもそも高度な鑑定が捜査に生かされる機会が減少して科学捜査を含む捜査全体のレベルが退化します。

・人

独立科捜研には前述の独立した予算で雇用される研究員が必要です。
公務員より待遇を上げればより良い人材を確保できるかもしれません。
しかし、独立科捜研は(UDIラボと同様に)警察職員と違って採用時に警察による身辺調査ができないので、警察なら採用されない人材が一定割合混ざってくるリスクがあります。警察からの中立性が高まったとしても、暴力団やテロ組織の関係者が紛れ込みやすくなり、科学鑑定の信頼性を致命的に損なう可能性や情報漏洩の可能性が高まります。

そして、そのようなリスクのある組織に対しては鑑定依頼に際して最低限の情報しか開示されないでしょう。警察が明らかにしたい部分のみに絞って鑑定が依頼され、それに従った鑑定のみを行うことになります。つまり、組織の中立性が高まったとしても鑑定の中立性はむしろ下がる可能性があります。

・証拠品の採取と鑑定

警察が採取した証拠品を独立科捜研で鑑定するとします。
証拠品の鑑定自体は中立のものとなるかもしれませんが、その試料が採取された経緯は警察の報告書に頼るしかありません。しかも前項の理由で最低限の情報しか開示されないとなると、もし依頼が来るまでの間に第三者や警察が手を加えていたり不適切な採取方法で汚染してしまっていたりしたとしても、情報不足で気付かないまま鑑定してしまう可能性が高まります。組織の中立性が高まったとしても、むしろ誤った鑑定結果に中立性のお墨付きを与えてしまう可能性があります。

では、UDIラボのように証拠採取から独立科捜研が関わるとしたらどうでしょう。
事件が発生したら独立科捜研の人が現場に行き、証拠を採取してそのまま鑑定を行うこととします。警察の手を介さなくなり安心ですね。
そのためには警察のように24時間体制で対応しなければなりませんから、警察くらいの人員が必要です。そして独立科捜研が採取から鑑定まで一貫してやることで鑑定結果の中立性が上がり裁判まで確実なものとなるのであれば、そのまま独立科捜研が犯人を特定して警察に逮捕させるのが良いですね。……ところで、これは何がどう独立で中立なんでしたっけ?証拠を集めて犯人を特定する役割が警察から独立科捜研にそっくり入れ替わっただけでは?独立科捜研から鑑定部門をさらに独立させた方がいいですか?(以下ループ)

・結論

思いつくまま考えてみましたが、私は独立科捜研で得られるメリットは少なく、害の方が大きいと考えます。独立よりは、警察組織の中にあって中立性を確保できるような仕組みを作る方が全体として良い方向に進むのではないでしょうか。

(いっそ警察組織の中に現場から解剖まで一貫して関わる法医学ユニットを作ったら良いのでは?とも思いますがそれはそれでクリアしなければならない点がいくつかあるでしょう。)

メモ:作中で気になった点

臓器のホルマリン液から凶器の刃物のステンレスが出るのは無理め
砥石の成分ももっと無理め
睡眠薬盛られた疑いでいきなり採血はあまりにバケモン 尿検査して
何もわからない状態で順番に検査していってるときに先に結果が出たボツリヌス菌に引っ張られるのはいかにもありそう
しかし腐敗防止効果が出るほど血液中のホルムアルデヒド濃かったら流石に血液の分析で引っ掛かりそう


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