[2024年版]科捜研の研究論文&研究発表データ
数字で見る、科捜研の研究論文&研究発表。
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科捜研の主業務は「鑑定・検査」ですが、「研究」の状況はどのようになっているのでしょうか。
公開されている論文等から紐解いてみましょう。
研究論文の状況
研究者の研究実績と言えば、何よりも学術論文です。
本稿では日本法科学技術学会誌[1]に掲載されている論文のうち、J-STAGEで公開されている範囲について、分野と所属ごとの傾向をまとめました。
日本法科学技術学会誌とは
日本法科学技術学会誌は日本法科学技術学会の刊行する論文誌です。同学会は、科学警察研究所及び全国の科学捜査研究所を始めとした警察関係者を中心とした学会であり、ほかに厚生労働省麻薬取締部等の捜査機関や一部の大学関係者が参加しています。
いわゆる「業界誌」にあたるものであり、日本の科学捜査に関わる各分野の論文を見ることができます。
J-STAGEで全文無料で公開されており、ほとんどが日本語なのでとりあえず目を通しやすいのが助かります。
2024年8月時点で公開されている、2005年(10巻)~2024年(29巻2号)に掲載されている論文343本を統計の対象としました。論文の形式(原著論文、技術報告など)は区別しません。
また、複数の所属が関わる論文は筆頭著者の所属でカウントしました。
あくまでこの1つのニッチな業界誌に掲載されている論文のみを対象とした統計となりますが、科捜研の研究状況の参考にはなるでしょう。
それでは早速データを見ていきましょう。
分野ごとの論文数
まずは法医(生物)、化学、物理(工学)、文書、心理(プロファイリングを含む)、その他の分野ごとに割合を見てみます。
1位 化学 48%
2位 法医 28%
3位 物理 10%
4位 心理 8%
5位 文書 3%
6位 その他(現場鑑識等)
全体の約半数が化学分野の論文となっており、次いで法医分野の論文が多く掲載されています。この2つの分野は科捜研の研究員の人数も多く、また機器分析やそれに用いる試薬が多数あることから論文数が多いものと思われます。特に化学分野は分析対象となるものの範囲が格段に広く、またそのための各種分析装置を数多く持っていることから、様々な研究が行いやすい状況にあると言えるでしょう。
下でも触れていますが、多くを占める科警研の論文本数はさほど差がないので、化学と法医の差は都道府県科捜研の論文数の影響が大きいです。
法医はメインのDNA型鑑定に追われており、そのDNA型鑑定は試薬や装置が全国で統一されているため、あまりいじるところがありません。そのため、工夫したり研究できるのが周辺領域のみに限られてしまうというのが、科捜研法医の論文数が比較的少ない理由の1つかもしれません。
分野別の所属ごと論文数ランキング
続いて、それぞれの分野について、どこの都道府県が率先して研究を行っているのか見てみます。
科研費の取得状況と併せて見ると、研究の状況が見えてくるのではないでしょうか。
化学
1位 科警研(63)
2位 大阪(23)
3位 警視庁(8)
4位 千葉(7)
5位 茨城(6)
以下北海道(5)、兵庫(5)、石川(4)、愛知(4)
1位の科警研の43報に対して2位の大阪が23報であり、3位以下を見ても後述の他分野と比較して都道府県が健闘しています。都道府県科捜研の頑張りが全体の論文数を押し上げていると言えるでしょう。
科警研は薬物[2]、毒物[3]、材料系[4]、天然物[5]、化学兵器[6]の各分野から論文が出ています。特に化学兵器を扱えるのは科警研だからこそですね。
科警研は研究が主業務であり、当然論文数は多く、もちろん他の論文誌にも投稿していることを考えると、十分な研究活動が行われているものと思います。研究を希望するのであれば科警研一択というのがよくわかります。
2位の大阪はほとんどが薬物に関連した論文で、覚醒剤[7]、THC[8]、デザイナードラッグ[9]といった規制薬物のほか、睡眠薬[10,11,12]についての論文も多いです。
代謝研究では標準品が市販されていない代謝物について、有機合成により標準品を得た上で同定するため、分析だけでなく合成のスキルも必要となります。
科研費も毎年複数人が取得しており、化学分野、特に薬物分野で最も研究が盛んな科捜研と見て間違いないでしょう。
3位の警視庁は2015年の生活用品の分析[13]を最後にしばらく掲載がありません。設備と人は潤沢なはずですが、科研費の取得状況も芳しくなく、研究環境に課題を抱えているのかもしれません。
4位の千葉は2019年にマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)を用いた論文を2報出しており[14,15]、MALDI-MSへの関心の高さが伺えます。科研費もコンスタントに取得しており、警視庁より積極的と考えて良いと思います。
法医
1位 科警研(42)
2位 警視庁(6)
3位 山梨(5)
3位 大分(5)
3位 神奈川(5)
法医分野は1位の科警研に論文数が集中しており、都道府県は比較的低調となっています。偏りも少なくなく、バラバラとある感じでしょうか。2位の警視庁は警察庁刑事局犯罪鑑識官を兼務する1名が直近3報[16,17,18]を重ねているため、純粋な警視庁の件数としてカウントして良いのか不明です。
同率3位の3県は近年も着実に論文数を積み上げているようです。
法医分野で科研費を取得している都道府県はいくつかあり、学位取得のニュースもしばしば見られることから、この法科学技術学会誌に出していないだけで、他にちゃんと論文を出している所はあると思います。法医分野の方はもう少し範囲を広げて見る必要があるかもしれません。
物理
1位 科警研(9)
2位 千葉(5)
3位 熊本(4)
2位の千葉は2020年以降に一気に論文数が増加しました。注目の都道府県かもしれません。
全体の数が多くないため、研究状況を知るためには専門誌を探すか研究発表の状況を追う必要があると思われます。
心理
1位 科警研(12)
2位 富山(5)
プロファイリングも含めているため科警研の論文数が多くなっています。
2位の富山は1人で5報出した人がいましたが、2020年頃に大学へ移られたため、このランキングはもはや何も表していません。
文書
ランキングは省略しますが、2020年以降宮城の1報しか出ていません。
状況は心理と似たようなものかと思います。
研究論文の状況のまとめ
研究を主業務とする科警研の論文数が多いのはもちろんですが、都道府県科捜研にも鑑定業務の合間に研究を進めて論文化までしている人がちゃんといることがわかりました。
とはいえ、コンスタントに論文を投稿し続けている科捜研が少ないこともよくわかります。
なお、忘れてはいけないのは、日本法科学技術学会誌への掲載は科捜研の研究の一端に過ぎないということです。
日本の法科学分野の業界誌としては重要な論文誌ですが、学位取得の際の論文や最先端の専門的な内容はそれぞれの分野の英文誌に投稿すると考えられるため、現場寄りのものや鑑定に直結した内容の論文が法科学技術学会誌に載っている、という理解が良いと思います。
ただ、日本法科学技術学会誌には科捜研職員が初めて学術論文を書く際の論文誌としての役割もあることを考えると、今後もっと論文数が増加していくのが望ましいと思います。
2. 研究発表の状況
ここからは、同じく日本法科学技術学会が毎年開催している学術大会(年会)における研究発表の状況を見ていきます。
研究発表は論文よりもはるかにハードルが低く、そのぶん数が多くあります。研究発表の状況を追うことで、研究を行っている科捜研をより広く見ていきます。
科捜研に入って自分が研究を行う姿を想像する際には研究発表がより身近に感じられると思います。
今回は、最近の状況を反映させるため、2015年~2023年の9年分の研究発表計1260件について、件数を論文数と同様にランキング化し、考察を行いました。
そして、分野ごとに全都道府県の順位を示しました。みなさんの気になる科捜研の順位は何位でしょうか。
また、私が行った、研究発表状況の調べ方についても併せて紹介しています。この方法で、さらに遡って研究発表を調べたり、研究発表の要旨を読むことが可能です。
科捜研の研究に興味のある人、受験する科捜研を迷っている人には特にオススメです。
都道府県と分野によって状況が全く異なることがよくわかるデータとなっています。
それでは早速見ていきましょう。
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また、それとは別におまけとして2019年版として公開していたテキストも付けておきました。ランキングを比較してみてください。
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