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科捜研化学のお仕事

麻薬、覚せい剤等の規制薬物。
農薬、毒物、睡眠薬等の医薬品。
繊維、塗膜、油類等、化学成分なら何でも。

……

科捜研の化学分野のお仕事について詳しく解説します。
大学生レベルを想定していますが、高校生でも雰囲気は掴んでいただけると思います。

はじめに

この記事には当たり前のように分析手法や分析装置の名前が出てきます。
興味がない人は雰囲気だけで読み飛ばしてもらって構いません。
もし「分析手法や装置に興味があるけど専門書はハードルが高い」という方がいれば、『図解入門よくわかる最新分析化学の基本と仕組み[第2版]』(Amazon)をオススメします。

1.麻薬、覚せい剤、大麻

違法な薬物として有名な覚せい剤ですが、現在でも年間1万人程度検挙されています[1]。(最近も芸能人の逮捕がニュースになりましたね)
次いで大麻も多く、若者の間での蔓延が懸念されています。

科捜研の化学ではこれら違法な薬物の鑑定が行われています。
怪しい粉末が法律に定められた違法な薬物かどうか、化学的に分析されます。
純品であれば赤外分光分析、混合物であればガスクロマトグラフィー質量分析や液体クロマトグラフィー質量分析を行います。

また、覚せい剤や麻薬は所持だけでなく使用も違法です。
違法な薬物を「使用した」ことを証明するためには、尿中の薬物とその代謝物が分析されます。代謝物の存在は、その薬物が体内を通って代謝を受けたことを示しており、薬物摂取の強力な証拠となります。尿中の薬物はそのままでは分析できず、存在量が比較的少ないため、前処理を行った上で、ガスクロマトグラフィー質量分析や液体クロマトグラフィー質量分析が用いられます。

2.危険ドラッグ

近年新たな違法な薬物として話題となった危険ドラッグ[2]も科捜研で分析されます。
前項の"古典的な"違法薬物と異なるところは、化学構造のバリエーションが非常に多く、わずかに構造を変えた薬物が次々と登場してきたところにあります。通常、薬物の規制は化合物1つ1つについて行われますが、危険ドラッグの急激な隆盛により規制が追いつかない状況におかれました。その後、指定薬物制度や、基本骨格とそれに繋がる置換基のバリエーションをまとめて指定する、包括規制という仕組みが導入され、現在は減少しています。

次々と現れる未知化合物の分析は難易度が高く、質量分析だけでは構造を確定させることができません。未知試料にある程度の量があれば、薄層クロマトグラフィーやカラムクロマトグラフィーなどで単離した上で、NMR(核磁気共鳴分光法)や単結晶X線構造解析を行うのが非常に強力です。最終的には推定した構造を元に考えられる構造の標準品を化学合成し、構造確認して標準品とした後、各種分析を行って証明します。
[文献紹介記事を別途作成予定]

3.血中アルコール

道路交通法には飲酒運転の基準として、呼気中のアルコールのほか、血液中のアルコール濃度も規定されています。酒気帯び運転と酒酔い運転が数値で区別されるため、精度の良い定量方法が必要となります。
血液中のアルコール濃度測定は、揮発性成分を分析するためのヘッドスペース法を用いたガスクロマトグラフィー又はガスクロマトグラフィー質量分析により行われます[3]。

4.医薬品

近年問題となっている睡眠薬の乱用やレイプドラッグ[4]としての悪用など、医薬品が犯罪に関わるケースもまた多くあります。
医薬品も様々な化合物が存在し、それぞれに適した分析手法が必要となります。新たな医薬品も常に世に出続けているため、合わせて対応していく必要があります。

用いられる分析手法は違法薬物と同様ですが、睡眠薬など1回の摂取量が少ないものもあり、尿や血液、そして毛髪からの分析[5]には高感度な分析装置を用いる必要があります。

5.毒物

ごく少量で人を死に至らしめる毒物。
発覚を避ける目的で殺人に用いられるほか、無差別テロに用いられれば大量の被害者が出る可能性もある。

これも種類は幅広く、ヒ素やタリウムなどの金属毒、フグのテトロドトキシン、植物アルカロイドなどの生物毒、シアン化合物、農薬などが有名です。
それぞれ性質が異なるため、その分析手法も様々です。
有機化合物には前述のクロマトグラフィーと質量分析などを、無機元素には蛍光X線分析や誘導結合プラズマ質量分析などを、それぞれ適した前処理と共に用いる必要があります。

6.繊維

ここから少し毛色が変わります。

繊維の鑑定は、痴漢などの犯罪において、被疑者の手に被害者の衣服の繊維が付いているかどうか調べるためなどに行われます。
木綿や絹、ウールなどの天然繊維、ポリエステルやアクリルなどの合成繊維など、採取された繊維の種類を顕微鏡観察や赤外分光分析で特定するほか、色の検査などを併せて行います[6]。

7.塗膜

ベテランの交通鑑識が交通事故で現場に残された自動車の塗膜から車種を特定する職人技はテレビで見たことがありますが、塗膜の色や材質の検査は科捜研でも行われます。
自動車以外にも塗料が使われている物は多くあり、別の場所から採取された塗膜が同じものかどうか、色や材質から検査されます[7]。

走査電子顕微鏡―エネルギー分散型X線分光、赤外分光分析などが用いられます。

8.油類

火災の原因調査として、ガソリンや灯油が撒かれて放火されたのではないか、燃料油の検査が行われます[8]。
それらは揮発性成分なので、ガスクロマトグラフィーやガスクロマトグラフィー質量分析が主に用いられます。

9.その他何でも

これまで取り上げたような化学成分の検査が可能なため、犯罪の証拠となるならありとあらゆる成分が分析対象となります。
ガラス[9]、油脂[10]、etc…

そのため、分析法の研究開発も盛んであり、参考につけたように論文も多くあるようです。

リンク

今回取り上げた分析方法のうち、薬毒物に係るものは『薬毒物試験法と注解2017』(東京化学同人)を参考にしています。日本薬学会の編集で科警研や科捜研を含む研究者が執筆しており、科捜研の薬毒物鑑定に最も詳しい専門書と言えるでしょう。
http://www.tkd-pbl.com/book/b286134.html

[1] https://www.npa.go.jp/hakusyo/r01/honbun/html/v4421000.html
  警察白書の掲載URLはこちら↓ 
  https://www.npa.go.jp/publications/whitepaper/index_keisatsu.html
[2] 
https://www.yakubutsu.mhlw.go.jp/scheduleddrug/illegadrugs.html
[3] https://www.an.shimadzu.co.jp/gc/blood_alcohol_analysis.htm
[4]
https://www.ktv.jp/runner/backnumber/20181129.html
[5] https://doi.org/10.1248/yakushi.18-00166-4
[6] https://doi.org/10.3408/jafst.701
[7] https://doi.org/10.3408/jafst.757
[8] https://doi.org/10.3408/jafst.10.135
[9] https://doi.org/10.3408/jafst.752
[10] https://doi.org/10.3408/jafst.754


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科捜研情報noteの記事一覧
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