彼女はいつも、僕の一歩先を行く

「少し遊ばない?」
彼女がそう言い出したのは去年の春頃だった。
最初は何を言っているのかがわからなかった。

三年前くらいからの知り合いで、仲は良いほうだった。
珍しく話も合うし笑いのセンスも似ていた。

それからというもの、会えば軽口を叩く程度の仲だった。
特に意識はしていなかった。

それ以外は何事もなく、彼女の素性も知らないまま時が過ぎた。

「ご飯でも行きましょうか?」

彼女は関東近郊の街で育ち、衣服の勉強をしながら飲食のバイトで暮らしているうちに、ふと田舎暮らしをしたくなってこの街に来たそうだ。
特別裕福でもなく、特別なにか才能を持っているわけではないと彼女は言うが、その人となりは魅力が溢れていた。物事の捉え方が僕にとっては新鮮だった。

日頃見せるオープンな態度とは裏腹に、本当は自分に自信がなく何事にも怯えているようだった。
思慮深いとでも言うか、天真爛漫な態度は仮の姿だった。

人は誰しも見た目で判断できないが、その考えを持ってしても僕は彼女のいつも見せる振る舞いは驚きだった。

しかし考えてみると、僕と気が合うという時点で自分への自信のなさというのは、彼女自信が内包している性質だったんだと今は思う。
そして彼女は僕に対して、すでに同様の性質を見抜いていたのかもしれない。

僕は僕なりに彼女の話をしっかり受け止め、偉そうにアドバイスなどしたものだ。
僕自信のもっている正しさを熱く語ったりもした。
彼女は頷くでもなく、ただ黙って僕の話を聞いていた。

それから数ヶ月、色んな話をした。
話をすればするほど彼女に引かれる自分がいた。

今年の夏、彼女はいきなり態度を変えた。
そっけない態度という訳では無いが、連絡が途切れ途切れになった。
メッセージを送ってもなにかそっけない態度だった。

ある日彼女は忽然と消えた。
風の噂では、デザインの仕事を始めるために東京へ向かったらしい。

今考えると、僕は彼女のステップアップにおける踏み台の一つだったのかもしれない。
それは、僕自信が進みたい道へ向かっていないことに対してのアンチテーゼだったと今はわかる。

僕の扉も鍵はすでに開いている。

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