歌人見習いが車の免許を取るまで日記その14
ついにやってきた第一段階修了検定。
これにパスすれば仮免許がもらえます。仮免許を持っていれば条件はあれど練習として路上を走ることができる。そんなんほぼ免許じゃないか。でも実際に仮免許で運転する人はほとんどいないのだとか。なーんだ。でも仮免許。ほしい。というか試験に落ちたくない。落ちたらダサい。落ちたら補講。落ちたら八千円がパァ。ぶつぶつ言いながら家を出る。
そんななみなみならぬ思いで教習所に着くと、どうやら今のところ自分のほかに受検者はいなさそうな模様。複数人いれば一緒に車に乗り込んでお互いの運転を見るらしいのでそれは緊張しそうしヤダナーと思ってたのもあってほっ。と椅子に腰掛けていると「修了検定受けます」と受付に人が。学生ではなさそうな男性、そうかあなたもか。ということで受検者は二名。
その後、指導員が別室で検定の説明をしてくれる。今日のコース、検定のポイント等々。運転の順番は男性が先とのこと。ちょっと安心する。検定がどんな塩梅であるか分かるだろうしコースを心の中でシュミレーションできるだろうし。よかった。
視力検査を終えていざ車に乗り込む。ワタシは運転席の後ろへ。
「では車に乗り込むところから始めます。準備ができたらエンジンを入れて下さい」
そう。検定はもう始まっている。ドアの開け方、乗車の仕方。
乗り込んだらドアをロックして座席、ミラーを調整、シートベルトを着けてエンジンオン。ルームミラー、左右ドアミラー、目視で左右の安全確認後に右ウインカーを出して発進だ。
「じゃあ次西交差点左折したらS字、クランクね」
車が動き出してすぐ、ワタシはこの男性、運転上手いのかなぁ?なんて第一印象で勝手に思っていたことを恥じました。うまい。すべてがスムーズ。車は滑らかに狭路をゆく。
「では最後、東交差点右折して坂道発進、そのあとすぐ左折して一周したら発着点に戻って下さい」
右左折時の安全確認、進路変更、カーブの感じ。どれをとってもスマートだ。なんなんだこの男。スパイか?完璧じゃないか。
そんなこんなであっという間に一人目の検定が終わる。運転に見とれていたのでシュミレーションどころかコースも覚えられなかったぞ。
「ハイじゃあ次の方と運転交代しましょう」
ついに来た。もうすでに緊張が大変。ああリアル。現実世界。今ここにあるワタシだけがリアルなのだ。ああ。
なんとか運転席に乗り込み、運転姿勢をととのえる。「準備ができたら発進して下さい」と言われ、もうなんかいっぱいいっぱいになりつつ発進。ああしまった、早速発進時の右ウインカーを出し忘れた。
「あっ…」と言う横でサラサラと何か紙に書きつける検定員。
「じゃあ次西交差点左折したらS字、クランクね」
ついに来た。慎重にゆくのだ。
大丈夫、目を閉じて、手の内にあの感覚を思い出すのだ。いや目は閉じたらだめだ。目は開けて、とにかくゆっくり、慎重に。
車は滑らかにS字をなぞる。ああ。ワタシはかつて指の隙間からこぼれ落ちたその砂の一粒一粒がまた手の内に戻ってゆくのを感じる。逆再生。蘇り。完璧だ。
「じゃあ一周して1番を左折、その次踏切ですね」
ここまでくればこっちのもんである。踏切では一時停止して左右の確認。窓を開けることも忘れない。まずはブレーキ、と思ったらワタシが踏んでいるのはこともあろうかアクセルだ。ギュンと車は前進。踏切のギリギリ手前でなんとかブレーキに踏みかえる。南無三。もはやここまでかと思われた。しかし検定員はとくに何も言わない。落ち着いてギアをRに。ブレーキを離してバックする。ピピッピピッというバックの音とともに車内に緊張感が満ちているのが分かる。マアその緊張感を作ってしまったのはワタシなのだけど。
「では発着点に戻りましょう」
ああもうダメかもしれない、手のひらに嫌な汗を感じながら車を発着点へ。なんだか身体がフワフワして軽い。
「えーお二人ともお疲れさまでした。結果はね、後ほどロビーでお伝えしますので。少し待っとって下さいね」
ありがとうございました、と言って解散。
もう一人の男性はそのまま喫煙所へ。そうか、たしかにこういう時にタバコ吸えたら落ち着くのかもなあとはじめてタバコを吸う人の気持ちが少し分かる。一本いいですか。
フワフワとした身体を持て余したまま、ロビーで待っていると、担任のI先生がパタパタとやってくる。「どうでしたっ?」と聞かれ「ダメかもしんないです。踏切前で思いっきりアクセル踏みました」と言うと、
「ちゃんと気づいて止まって戻ったんならダイジョーブ、それくらいなら全然平気ですよ」とのこと。そうなのかな。そうだといいんだけど。今は先生の笑顔が切ない。I先生はパタパタと受付の奥へ去っていった。
しかし。この「待ち」時間というのは大変嫌なもんである。告白の返事を待つとき。合格発表を待つとき。自分がなにか「やったこと」の成果を合否で振り分けられる、まさに今そのときを目の前にして、すべてがスローモーションだ。あのときも、あのときも。
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J大学T学科の一次試験の結果はネットで確認することになっていた。真夜中。結果表示の締切ギリギリである。家族はとっくに寝静まっている。そっとクリックすると、一次試験合格です。二次試験はうんたらかんたら…ああ。生きている。ヨカッタ。血が巡っているのが分かる。止まっていた時計の針が動き出す。
二次試験の結果は郵送されることになっていた。おそらく今日、郵便受けに届いていなかったら落ちてるだろう。そう思っていた。第一志望のK大の受験の帰り道。K大の出来は芳しくなく、もはや望み薄だったのでここは。なんとか受かっていてほしい。分厚い封筒を何度もイメージする。封筒は何色だろう。黄色か、オレンジか。マンションが見えてきた。もしも封筒が届いていなかったら。歩くたびに身体がその質量を失ってゆく。死ぬか。わたしは死ぬのだろうか。
なぜかいつも自分を5メートルくらい上空から鳥瞰するようなかたちであの時のことをよく思い出す。無彩色のまっしろな空の下をとぼとぼと歩く自分。まさに山頭火の「うしろすがたのしぐれてゆくか」のイメージだ。
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そんなことをぼーっとしながら振り返っていると先ほどの検定員ではなくてもっと上層部っぽい男性がやってきて、「それでは修了検定を受けた方、結果を発表します」と言う。ああ。ワタシは。ああでも。いやどうか。力の入らない手のひらを握りしめ、目の前の電光掲示板に目をやる。「2番」が表示されていれば合格だ。どうか。どうなのか…?
気になる結果は次回へ!待てしばし!