怪談「顔さがしゲーム」
メタバースで、少しだけ怖かった思い出。
自分はよく「シナリオ抜きのネトゲ」と言っているのだが、アバターを選んで、いろいろな人がいる場所に行って、お話しできるゲーム空間がある。映画でいうと「サマーウォーズ」や「竜そば」、「レディプレイヤー1」の世界といえば伝わるだろうか。
PCだけでも可能だが、VRゴーグルを使えば、まさにその場所にいる感覚が味わえる。遠方の友達との音声通話に慣れていたので、右を向けば右に友達がいて、ハイタッチなんかもできる感覚は夢のようだった。
ユーザーは主におしゃべりでの交流か、自作マップの公開・プレイで遊ぶことになる。
ネトゲと大きく違うのは、「ゲームでいうマップ(:ワールド)を個人が作れる」ところである。膨大な数のワールドがあって、綺麗な景色を楽しんで旅行気分を味わったり、友達とミニゲームを楽しんだりと、遊び方はまさに無限大。
どっぷりはまった私は、陰キャながらも徐々に交流を求めるようになった。
その方――仮に黒猫氏と出会ったのは、落ち着いたバーを模したワールドだった。ボイスチェンジャーを使った男性で、クールな猫耳美少女の見た目もあいまってか、あまり構えずにスッと喋れた。自分もそうだが、初対面の人にも幼馴染にも、接する態度が変わらないフラットな感じ。数年前からプレイしているそうで、質問魔と化した私にあれこれ教えてくれた。
特に助かったのは、アバターの表情の変え方講座だ。技術の進歩に感心したのだが、音声認識で口の動きが、手の動きで表情が変わるらしい。アバターごとに決められた、主に喜怒哀楽の表情セットがあり、操作がうまい人は違和感なく、今の状況に合わせて操れる。私もやってみたが、話に夢中になると手の動きにまで意識がいかない。修行が必要だった。
ちょっと抜け出しませんか。
そんなことを言ってバーの外に出て、表で煙草を吸う真似をした。現実のたばこは苦手だけど、VRでの喫煙ごっこはなんだか楽しい。ふーっと息を吐くと、本当に煙が出る。
しばらく煙を眺めてから、私は何の気なしに、当時流行っていた話題を口に出した。
「霊感が芽生えるワールドって、ご存じですか?」
あ~ね、と黒猫氏は苦笑した。アバターの表情も、うまく連動している。
「Xで見ただけだわ。最初に呪文とか読むやつでしょ?」
「そうそう! 一人かくれんぼみたいに儀式をして、自己催眠をかける? みたいな。たしかゲーム内でも、祝詞のようなテキストを逆に読んだり、鏡を壊したり、生贄を刺したりするらしいです。そうするうちに幽霊みたいなのが出てきて、逃げても追いかけてきて、ギャーッ! って。ただし催眠の解除指示がないから、ゴーグルを外した後も怖い、まばたきする度に後ろにいる気がする……って、レポを読んだだけなんですけど」
怪談好きの私は、聞きかじりの情報をまくしたてた。ああやだやだ、と黒猫氏は手を横に振る。
「幽霊みたいなのってさ、つまりはジャンプスケアや視界ジャックでしょ? ないない。なんにも分かってない。びっくりさせるだけで、恐怖の本質が見えてないよ」
いきなりの騒音に、恐怖画像のアップ。見え方に干渉するような視界妨害。黒猫氏はこれらを嫌悪しているのか、長々と批判を始めた。怖がりの私も同意するところはあったが、まるでホラー映画関係者のような専門的な論考が続き、押してはいけないスイッチを押してしまった、と内心戦慄していた。
一通り駄目出しを終えた黒猫氏は、たばこを持ち直して訊いてきた。
「ホラーワールド、好きなんだ?」
「かなり! でも怖くて、一人じゃ行けないですよ。自己責任系もムリ! 読んだり聞いたりが専門で、自分が体験するのはとてもとても」
アバターの目を覗き込むように、ぐっと距離を詰められた。3Dモデルの端正な顔が眼前に表示されて、少し居心地が悪くなる。
「じゃあ、公開後にすぐ消えちゃったホラーワールドの話、教えてあげる」
礼を言いながらも、私はたばこの灰を落とすふりをして距離を取り直した。アバターが接触すると、耳元で囁かれているように感じるほど、音が近くなるのだ。
「ジャンルを大別すると、ホラーの他には宝探し系のゲームワールド、なのかなあ。知ってる?」
私は頷く。隠しアイテムを探したり、動植物を図鑑にコレクションしたりするワールドは、何個か遊んだことがあった。
「リアルな現実世界の日本を模してて、自宅や住宅街の道なんかを歩けるんだって。そこで、顔を探すの。全部見つけて、数えきったら終わり」
「顔……?」
今まで集めて遊んだのは、猫のぬいぐるみや貝殻など。ずいぶんと毛色の違い収集品だった。
「クローゼットの隙間や木々の間、部屋の隅なんかに、よく見ると顔が浮かんでるんだ。配布されたタブレットでそれを撮影すると、発見した数がカウントされる」
「あ~……心霊写真を撮るゲームはありますよね、有名なやつ」
似てるね、と黒猫氏は楽しそうにうなずく。
「あれほどはっきりは見えなくて、言われてみれば泣き笑いの目鼻口かな~っていう影がぼんやり浮かんでるレベル。もちろん視界ジャックなんて下品な真似はなし。……あ、僕もプレイしたことはなくて、フレンドが上げてた動画で見たんだ」
当時のフレンドは、数人でプレイしていたらしい。あちこち見て回って、カーブミラーを指さし「見つけた!」、天井の隅を指さし「ここにもいたぞ!」そうやって、薄い霊の影を数えていたという。
ゲームとして面白いのだろうかと、内心首をかしげる。
「九十九体の霊を探せっていうワールドだったんだけど、難易度が難しくてどうしても最後の十体が見つからないんだって。終盤になるとひどく歪んでいたり、音を使ったり、出現が特定の動作と結びついてたりで」
「そんなに……」
フレンド達はクリアを諦めたようだが、ゲーム内の実績をコンプリートしないと気が済まないたちの人だけ、一人残ったらしい。仮に先輩とする。
「その日は遅かったから解散したんだけど、その後ちょくちょく、先輩だけインして霊を探してたみたいんなんだよね。ツイッターで『九十二』とか『九十五』とか、呟いてるのも見た」
「すごい執念、ですね」
「何かハマるものがあったんだろうね」
ふーっと黒猫氏は煙を吐いた。マイクの向こうで、かすかにキーボードやクリックの音がする。
「先輩さんは、クリアできたんですか?」
問うが、しばらく返事はなかった。
「たぶんできてない。言いにくいけど、なんかさあ……途中でおかしくなっちゃったんだよね」
「え……」
ぎょっとする。先ほどの催眠ワールドのほうが、よほど影響がありそうだが。
「しばらくツイッターにもVRにも浮上してなくて。大丈夫かな~って思ってたら、突然変なこと言い出したんだよ」
――今までどうして気づかなかったんだろう。
――現実にもいるのに。ずっといたことに。
そういう内容を、支離滅裂な誤字だらけの文で投稿していたらしい。
「つぶやきが止まる前、最後に上げてたブレブレの動画がすごくてね、もうあれは自宅だろうね、身の回りを撮って、あちこち必死で指さしてるの」
――一、二、三、四、五! またいた! ここにもここにも! 六! おい見えるだろ顔が、七、八、九!!
数を数えながら、何の変哲もない空間を指さして回る。部屋の隅、天井、ベッドの下――何の影も見えない場所に、男は霊がいるのだと必死に訴え続けていたそうだ。
――ほら見ろよ!! ここ!! 笑ってるんだ、ずっといたんだよ!! 気づいたんだ!! 気づいたら見えた! ほんの裏側なんだ!! 裏表なんだよ!! ああああ十! 十一!! クリアさせてくれよ! あと一体なんだ、あと一体見つければ終われるんだよおおお!!
VR空間をあちこち指さして、時には這いつくばってまでする、渾身の物まねだった。
息を切らして、黒猫氏は戻ってくる。
「最初は見つけやすいものを。徐々に難しいものを。ワールド内で霊を探すのは、訓練だったんだねえ」
黒猫氏は、終始楽しそうに話していた。漏れ出た忍び笑いすら聞こえてきた。
ずっと感じていた違和感と共に、異常な気持ち悪さがピークに達し、私は一刻も早く、この人から離れたいと思った。
「すみません、名残惜しいんですが……」
「あのさあ、さっき探してみたら、そのワールドが再公開されてたんだよね」
飛び込めば移動できるポータルが近くに作られ、「jiogahuakagf」のような、一見すると無意味な羅列の、読めないワールド名が表示される。
「ちょっと見るくらいなら大丈夫だから! 怖がらせてごめんって。とりあえず行ってみようよ、せっかくだし。明日にはまた非公開になってるかも」
「無理です、大丈夫です」
強めに断るが、黒猫氏は引かない。今思えばVRゴーグルを外してしまえばよかったのだが、当時はどうやって自然に会話を切ればいいか、分からなかったのだ。
押し問答を続けるうちに、ポータルの表示可能時間が減ってきた。
「来い! 来いよ!! おいバカ! こっちだって!」
さっきまでの飄々とした態度はどこへやら、黒猫氏はひどく激高し叫んでいた。
他人の動きに干渉できないVRでよかったと思う。
触れる現実だったなら、確実にそのとき、腕を掴まれ引っ張られていただろう。
結局、VRゴーグルの電池がなくなって強制終了となったので、それ以上話すことはなかった。フレンド申請がしつこく来たので、怖くなった私はアカウントを削除した。リアルの友達としか繋がっていなかったので、また作り直せばいい。
黒猫氏のIDと、数十秒見えたワールド製作者のIDは、違っていたと思う。が、見てきたかのような語り口に詳しすぎる情報は、なんらかの形で関わっていたとしか思えなかった。
「VR 顔 見つける」などで検索しても情報がヒットしないので、今でもあれは一体なんだったのだろうと思う。
黒猫氏が例のワールドについて、饒舌になり始めてから感じた、強い違和感。
声色はずっと楽しそうで、表情を操る手の動きも今まで通りだったのに、アバターの顔がおかしかった。
泣き顔を、指で引っ張って無理やり笑顔にさせたような、そんな泣き笑いで固定されていた。
そのアバターは人気の無料モデルで、使ったこともある。デフォルトの表情セットにあんな顔はなかったし、狙って作るにしても、ぐにゅりと歪んで崩れたようで、審美的ではない。
私を怖がらせるためにそんな顔をしていたなら、もっと積極的に顔を見せ続けるとか、何か言及があったと思うのだ。
黒猫氏が感知していない現象だったのだろうと、なんとなくそう感じた。
イベントや初心者向けワールドで、不意にそのアバターを見かけるたび、どきっとしてしまう。
深夜の自室で、クローゼットの隙間や天井の隅に、何もいませんようにと祈ってしまう。
そんな、夏の思い出。
会話はそれっぽく再現してあります。創作です。無関係です。
気を付けてくださいね。