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手向け

なぜ、「つらい」とこぼしてくれた時にもっと深堀りしなかったのか。
今になって後悔している。

悲しい。そしてくやしい。

だけど、いつまでもくよくよしていられない。
わたしはわたしを精一杯生きるのだと、肝に命じたから。

生きているかぎり、必ず死は訪れる。ただそれだけだ。

亡くなった恩師は、大学1年の頃からの付き合いだ。
在学中はもちろん、卒業後も、手紙や電話でやり取りしたり、会って話したりもした。実家へ、つまり遠い地へ離れてしまっても、やり取りは続いたし、「絶対また会いに行く」と言ってくれてもいた。

残酷だよな、「絶対」なんて。
叶わなかったじゃないか。

会いたいよ。会いたかったよ。

文章は読むのも書くのも好き。
そう思うし、そう言ってきたけど、わたしが読んだり書いたりする文章など、ほんの一握りだし、偏っている。

だが、やめられないんだ。

恩師が、あなたが、文章を書く楽しみを教えてくれたから。

わたしはこれからも生きてくし、文章を書き続ける。
ありがとう、書く理由を与えてくれて。書き続ける意味を与えてくれて。

泣きべそかいた。目がしょぼくれた。頭痛がした。
それらはすべて、過去形だ。

誰に「助けて」を言えばいいのだろう。誰がわたしの「しんどい」を理解してくれるだろう。
味方がまた一人、居なくなった。それは悲しい。やっぱり悲しい。

それでも。
悲しみを抱えながらでも、わたしは書く。

既読がつくはずのないLINEに、「死にたがりなわたしですが、これからも生きてくし文章を書き続けます」と送信した。

しばらくして、既読がつき、返事が届いた。
「生きて、文章を書き続ける。死者への何よりの手向けです」。

恩師の奥さまが送ってくれたのだろう。

わたしはその時ようやく、恩師の死を受け入れられた。そしてそのことに救われた。

文章構成がおかしいかもしれない。添削してもらう必要があるかもしれない。
けれども、これを以って、手向けの言葉とします。




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