イベント応酬DAYS
タケトが来るのを待つ。あと10分で阪神電車の方からヤツの頭が見えてくるはず。いつものパーカーとダウンを着て。
梅田の紀伊国屋の前は多くの人が待ち合わせをしている。わたしの右隣では、女の子たちが出会えた喜びで抱き合い、左側では男性3人組がボソボソと話しながら、誰か待っている。わたしたちも、毎回ここで待ち合わせする。半年前に付き合う前からここと決まっている。
人混みに紛れ、ヤツの頭が見えた。慌てて携帯を見ている振りをする。付き合って半年も経つのに、首を長くして待っているなんてしゃくだし、今日1月28日はわたしの誕生日だ。会うのは当たり前のことだ。ドキドキしている場合じゃない。
それなのに、3日前になってもヤツからの誘いは無かった。大学2年生で、人生ではじめてできた彼。こんなはずじゃなかった。でも、仕方なく本当に仕方なく、こっちから誘った。
「京都に行きたい」
「いいよ」
思わず、笑みがこぼれそうになった。しかし、はっと我に返った。
何が「いいよ」だー!!!
「おー」
顔をあげると、眠そうなヤツがいた。昨日も大学のバンド仲間と遅くまで遊んで、さっきまで寝ていたらしい。もう午後の三時だというのに。しかも今日はわたしの誕生日なんだぞ。
ヤツはいつもの小さな鞄を斜めにかけていて、手には何にも持っていない。プレゼントの入った紙袋も花束見当たらない。きっと、あの鞄に入っているのだろう。きっとそうだ。だって、半年前、ヤツの方から「つきあってください」とメッセージが来たのだから。絵文字のない、本当にシンプルなテキストだけのメッセージだった。それは、まるで王子様が跪き、お姫様にダンスを申し込むみたいに優雅だった。わたしは、「愛」という名前の通り、愛されているのを感じた。
はじまりは、わたしからだった。だって、ステージの上でギターを弾くヤツはカッコよすぎだから。好きにならない人なんていないだろう。ラッキーなことに友達の結衣の彼氏の友達だったので、結衣に頼んでデートにこぎ着けた。2人ではじめて待ち合わせた場所も紀伊国屋の前だった。だから、今でもあの時を思い出して、足に力が入らなくなる。
ホームに向かうエレベータに乗った。前にたっているヤツの鞄を見つめた。プレゼントは入っているのだろうか。膨らんでいるようにも見えるし、いつもと変わらないよう見える。
ホームの端まで行き、河原町行の電車へ乗り込んだ。運よく席に座ることができた。ヤツの腕があたる。コートを通してヤツの体温が伝わってきそうだ。あったかい。そのうちヤツのスースーという寝息が聞こえた。長い睫毛を見つめた。睫毛がヒラリと落ちて、鼻にでもついてくれないかな。 そしたらそっととってあげられるのに。幸せで、もう、プレゼントなんてどうでもよくなってきた。
河原町に着くと、ヤツは「どこに行くの」と聞いてきた。全く。何にも考えてきてないんだから。
「清水寺に行って、高台寺に行こう」
「いいよ」
だから、「いいよ」じゃなくって……。わたしたちは、バスに揺られて、清水寺を目指した。バスから降りて、坂を上っているとヤツが
「腹へったー」
という。
「何も食べてないの?」
「うん、午後TEA飲んだだけ」
午後TEAはわたしがヤツの家の空っぽの冷蔵庫に入れておいたものだ。 ジュースとかお茶とかも買って入れておいた。お菓子も買ったはずだけど、あれも食べてしまったのだろうか。そういえば、年末にお鏡も飾っておいたけれど、あのお餅はどうなったのだろう。
清水寺が近くなると、たくさんの店が見えた。ヤツは
「コロッケ食おう」
と独り言のように言い、さっと、コロッケを買って、一人でパクパクと食べている。京都に来てコロッケ??わたしのあきれた視線が気になったのか、
「食べる?」
とコロッケを差し出した。
「ちっちや!」
もうほとんど残っていなかった。
「くれる気ないやん」
「バレた?」
いたずらっ子みたいな顔で笑うと、最後の一口を吸い込んだ。かわいくて、笑ってしまう。
清水寺からは、京都の市街地を一望できる。少し暗くなりかけた京都はきれいで、その中に小さく見える京都タワーは幻想的だった。横にはヤツがいて、ダウンの袖から指が見えている。おそる、おそる指に触ってみた。ヤツは遠くを見たまま、手をつないでくれた。指の骨が触れる。でも、あったかい。しばらくそのまま京都の街を眺めた。
清水寺を出て、高台寺を目指した。途中でお漬物や生八つ橋を試食しているうちに、お腹がいっぱいになってきた。このままでは、誕生日の晩御飯を試食で終わってしまう。ふと横を見ると、いつのまにかヤツがアイスクリームを頬ばっていた。全く呑気な・・・。今日はわたしの誕生日なんだぞ。まだ、おめでとうも言ってもらっていない。
途中のよーじやに入った。かわいい雑貨が置いてある店だ。石鹸や油とり紙を手に取り、ヤツに聞こえるように
「かわいいー」
と言ってみた。もし、プレゼントを買っていないなら、これでもいいよ。というヒントを出したのだ。10円でも、100円でも、何でもいいのだ。わたしのことを好きだ、という証がほしいだけなのだ。
「これもかわいいー」
でも、ヤツはふーんと言うだけだ。自分で油とり紙を手にとり、レジの前に並んだ。目に涙がたまってきた。風が吹くか、誰かに押されたら、すぐに涙は床に落ちていくだろう。なんとか、涙が渇くまで、ソロリソロリと歩いた。
高台寺に入る頃には、辺りは真っ暗になっていた。庭には、色鮮やかなプロジェクションマッピング映し出されていた。横にいた、同い年くらいの女子が2人、「きれーい」「かんどー」と騒いでいた。わたしには、これが綺麗なのかどうか、もう分からなかった。
高台寺を出ると、ヤツが聞いた
「どうする?」
「梅田に戻ろう」
わたしはそう答えた。きっと、プレゼントはないのだろう。だんだん、それが現実となってきた。
梅田に着くとヤツは
「ラーメン食べたい」
と言い出した。
「ラーメン??今日わたしの誕生日なんだけど!」
ヤツが目を丸くしている。涙がこぼれた。あーこの人はわたしのことが好きじゃないないのだ。好きな人の誕生日にラーメンが食べたいだなんて言えるはずがない。走った。1%の可能性にかけて、好きなら、きっと追ってきてくれるはず。一瞬ヤツがわたしの腕をつかんだ。でも、その手はスルリと簡単にふりほどけてしまった。走った。少し、スピードを落としながら。もう追いついてもいい頃だ。でも、つかまえてくれる人はいなかった。後ろからギュッと抱きしめてくれる人はいなかった。止まって、声をあげて泣いた。通り過ぎる人たちがわたしを見ていた。
それから1週間経っても、ヤツからは連絡はなかった。結衣に話すと
「タケトっていい子だと思ったけど、誕生日にそれって、サイテー 愛にはもっといい子がいるよ」
と怒った。ユリの首元には、ネックレスが光っていた。クリスマスに彼からもらったものだそうだ。わたしなんて、クリスマスにもプレゼントはなかった。わたしが買ったケーキを一緒に食べただけだ。それでも、あの時は幸せだった。
もうヤツには連絡しない。携帯からヤツの名前を消去した。
しばらく、ケーキ屋のバイトをたくさん入れることにした。何にも考えないようにする為だ。変わってほしいと頼まれると、すぐに応じた。世間では、バレンタインの季節でソワソワした空気が流れている。でも、わたしには、関係がないことだ。バイトと勉強、それだけあれば十分だ。
ある日バイトが終わり、携帯を見るとメッセージが来ていた。ヤツからだった。来るはずもないと思っていたヤツから。
「餅にカビがはえました」
なんじゃーい! そのどうでもいい、メッセージは! くだらないと思いながら、携帯を抱きしめた。あー ダメ、やっぱり好きだ。
「2月14日会える?」
そう送った。こっちからまた誘ってしまった。告白してしまった。でも、もういいのだ。溺れるところまで、おぼれてしまえーーーーーー