資本主義と幸福度
資本主義と幸福度。
この関係については資本主義が極まった日本に住んでる日本人なら一度は疑問に思った事があると思う。
資本主義は全ての価値がお金に換算されてしまう。
だから家で老人や子供の世話をしている私みたいな専業主婦は社会的には見下されがちだ。
最近日本ではお金がかかるから子供は欲しくないという人がいるらしいけど、子育てすらお金に換算されてしまう。
老人の面倒だって老人ホームに入れてしまえという家族にしてみれば、存在自体がお金がかかるものとして認識されてしまうのだろう。
そういった所でいえばメキシコは資本主義体制の国だけど、家族という最後の砦だけはまだ存在している。
お金に余裕があまり無くても家族との時間を犠牲にしてまで残業する人は珍しいと思うし、ご飯だっていつも家族揃って食べるし、週末はおじいちゃんおばあちゃん親戚と過ごすのも普通だ。
資本主義の頂点に君臨するアメリカに隣接しながら、人間に残された最後の共同体である家族が存在し続けていられるのはどうしてなんだろう。
逆に日本の共同体いえば親戚はもちろん義理の両親とは全く接点がない事も珍しくなく、もはや夫婦関係や親子関係くらいじゃないのか。生涯未婚の人に至ってはそれすらも存在しない。
いずれにしてもメキシコ人の幸福度が日本人より高い理由はここにもあると思う。
資本主義の世界から少しはみ出しているのだ、彼らは。人間がもっと人間らしかった世界にまだ生きているのだ、きっと。