【海のナンジャラホイ-8】足掛け20年冷蔵庫の中に居る
足掛け20年冷蔵庫の中に居る
私の家の冷蔵庫の中に、1匹のイソギンチャクが、すでに足掛け20年住まっているというお話です。
環境省の第7回自然環境保全基礎調査(いわゆる「緑の国勢調査」)として、2002年から2007年にかけて藻場の全国調査が行われました。私たちの研究室は、ホンダワラ類の藻場葉上動物の調査を担当しました。北海道から沖縄までをカバーした32地点で採集調査が行われ、他の研究チームに採集を代行してもらった海域もありましたが、可能な限り自分たちでも採集調査に出かけたのです。
2003年6月17日のことです。私の研究室の女子学生の1人が、北海道の襟裳岬に出向き、フシスジモクという海藻の葉上動物採集を行いました。切り取った海藻の入ったいくつものチャック袋が大学研究室に冷蔵の宅配便で届けられ、サンプルの処理まで冷蔵庫に保管しておきました。葉上動物については、海藻から振り落とした後にフォルマリン固定をして保存処理を行いました。ところが、採集してきた学生が「先生、袋の内側にイソギンチャクが1個体くっついて残っているのですが、どうしますか?」と聞いてきたのです。私は、忙しかったこともあり「あとで片付けておくから、袋をそのままにしておいて」と答えました。
数日後に冷蔵庫の中の袋を片付けにゆくと、イソギンチャクはまだ元気な様子でした。個体数としてのイソギンチャクのデータ記録は行なっていたので、殺してしまうのも忍びなく、ガラスのマヨネーズ瓶に海水を満たしてイソギンチャクを入れ、袋に付いていた採集日と採集場所が記されたビニールテープのラベルを瓶の蓋に張り替えて、冷蔵庫に入れておいたのです。
冷蔵庫は、ほぼ毎日中を覗き込む場所なので、瓶の中のイソギンチャクは自然に目に入ります。なんとなく触手が引っ込んで不機嫌そうなときには、海水を入れ替えたり、鰹節の粉やサンゴ用の液体飼料を滴下したりしました。成り行き的に、そんななんとなくのケアを数ヶ月に1度、思いついたときにやって、時々気に掛けているうちに、今年の6月17日に採集から丸19年を迎え、私との暮らしは20年目に突入したのです。
当のイソギンチャクは、大して大きくも小さくもならず、姿も変わりません。ガラス瓶の内壁を、ちょいちょい移動するのが小さな変化です。老化の気配は微塵(みじん)もありません。一体いつまで生きるのだろう・・・と思うのだけれど、今や、何となく、私の日常の何か大切な支えになっているような気がする、そんなイソギンチャクなのです。
○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。
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