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【海のナンジャラホイ-19】海藻の名前をラップに乗せて

海藻の名前をラップに乗せて

私は2011年の春に東北大学にやって来る前は、筑波大学に勤めていました。勤務地は静岡県の下田市でした。「筑波大学は茨城県にあるんじゃないの?」という声が聞こえてきそうですね。実は、筑波大学は山の研究を行うための施設を長野県上田市の菅平に、海の研究を行うための施設を静岡県の下田市に持っているのです。山が上田で海が下田なんて、最初に施設の設置場所を選んだ人たちが考えていたとは思えないから、偶然だろうけれど、なんだか洒落ていますね。
私は、海洋生物の生態の研究者なので、この下田の臨海施設に勤務して、通常は卒業研究の学生指導と臨海実習の担当教員を務め、授業の時には筑波大のキャンパスに出かけていました。筑波大学は臨海実習が充実しており、3泊4日か4泊5日で実施される臨海実習には、動物分類学臨海実習・植物分類学臨海実習・発生学臨海実習・動物生理学臨海実習・生態学臨海実習・生物学臨海実習・大学院公開臨海実習・高校生公開臨海実習などがあり、これらの担当に加えて、愛知教育大学や信州大学など他大学の臨海実習や地元の高校生対象の科学教室や下田市による自然教室での講師なども行っていたため、随分と忙しい日々でした。

これらの臨海実習のうち、動物分類学と植物分類学の臨海実習は、磯採集を伴うものだったので、春の大潮で潮が良く引く日を選んで実施されました。学生たちは最干潮時の2時間くらい前から磯に解き放たれ、ひとしきり採集を行って、最干潮時を過ぎたあたりで獲物の入ったバケツを携えて臨海実験センターの実習室に戻り、白いプラスチックバット(四角くて縁の高さは低く底面が広い容器)にバケツの中身を広げて、同じ仲間同士をより分けながら、図鑑を見て種の同定を行いました。

ある年の5月の植物分類学臨海実習でのことでした。臨海実験センターの大きな実習室では、30人以上の学生が採集してきた海藻を選別しながら、図鑑と首っ引きで海藻の名前を調べていました。水仕事の許された実習室は、海藻から振りまかれた海水の放つ蒸気と学生たちの熱気で湿度が高く、大きな窓を開け放っても、部屋の中はムンムンしていました。そんな空気の中で、ひとりの男子学生が、頭を小刻みに上下に振りながら、何か口ずさんでいます。どうしたのだろうかと近づくと、その学生が私の方に顔を上げ「先生、この海藻、なかなかリズムがいいっすよ!」と言うのです。そして「ヘリトリカニノテ、ヘリトリカニノテ、ヘリトリカニノテ、ヘリトリカニノテ」と立て続けに口にしました。なるほど、真似をして名前を繰り返し唱えるうちに、頭が縦揺れしてきました。
ヘリトリカニノテは、紅藻類の中で炭酸カルシウムを溜め込んで硬い体を持つ石灰藻またはサンゴ藻と言われる海藻の仲間です(図1)。

図1:ヘリトリカニノテ


石灰藻の仲間は、ピンク色っぽくてセメントみたいなものが岩の上を薄く広く2次元的に覆う「無節石灰藻」と、硬い枝葉をジョイントでつないで3次元的に岩の上から立ち上がる「有節石灰藻」という2つのグループに分けることができます。ヘリトリカニノテは、後者のグループに属します。二叉分岐した枝がカニの手(=ハサミ)に似ていて、胞子嚢が周りを縁取るように付くことから、この名があるのです。

学生の気付きは、時にヘンテコだけど楽しいものです。確かに「ヘリトリカニノテ」は、リズムを取るのには、とても良い名前だなと感心しました。近い仲間には、ウスカワカニノテという種もあります(図2)。

図2:ウスカワカニノテ(今はエチゴカニノテと呼ばれています)


ウスカワカニノテも、意味をもつ4文字をユニットにした8文字名前です。でも、似通った名前なのに、ヘリトリカニノテの方がリズムに乗りやすい感じがするのは面白いです。
そこで、「海藻の和名で、乗りの良いものは、他にもあるのかな?」と探してみました。セイヨウハバノリ・ナンバンハイミル・ベンテンアマノリ・ユミガタオゴノリなどなど・・・。でも、やっぱり、ヘリトリカニノテやウスカワカニノテの方が、乗りが良い気がします。
ところで、このウスカワカニノテという和名は、10年くらい前までは海藻図鑑にも載ったよく知られた名前だったのですが、実は、エチゴカニノテの同物異名(シノニム)とされて、現在は、使われなくなってしまいました。
そんなわけで、私は、「ヘリトリカニノテ」が「ラップに乗りやすい海藻」のナンバーワンだと思います。いかがでしょうか?


○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。

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