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【海のナンジャラホイ-14】巻貝のコシダカガンガラは、お掃除ロボットみたいだ

巻貝のコシダカガンガラは、お掃除ロボットみたいだ 

私は、大学院時代を九州の天草で過ごし、大学に就職して伊豆下田に移りました。そして、いまは仙台に居着いたので、だんだんと北上して来たことになります。いずれの地でも、海に潜って沿岸の生物調査を行なってきました。
南日本から移って来て、東北の南三陸沿岸の海で頻繁に潜るようになって、すぐに思ったことが2つあります。「いつも水が濁っていて緑色だなあ」ということと、「小さな巻貝が多いなあ」ということでした。小型の巻貝の中でもコシダカガンガラはとくに目につきました。岩場の海底では、潮間帯から水深10メートルくらいにかけて、1平米あたり50個体以上居ることも稀ではありません(図1)。

図1:海底のコシダカガンガラ

「こんなにたくさんの巻貝が、どうして生きることができるのだろう? 海底で何をやっているのだろう?」と思いました。そこで、この謎を解くための野外実験を行ったのです。

ある生物が生態系の中でどんな役割を果たしているか、それを調べるときに使う方法の一つに「除去実験」があります。調べたい生物を一定の場所から完全に取り除いてしまって、その場所の変化を観察するのです。それによって、その生物が果たしていた役割を知ろうとするわけです。でも、たくさん居るコシダカガンガラを一定の場所から排除する方法なんてあるのでしょうか? 実は、軟体動物の腹足類は、銅を嫌うのです。その性質を利用したナメクジ排除のための銅のテープも商品になっています。植木鉢に銅のテープを巻いておくと、鉢植えの植物がナメクジの被害にあわないというわけです。
私はこのことを知っていたので、伊豆下田に居た時に、学生たちと銅に対するバテイラという巻貝の反応を調べていました。大きなブロックの上に銅板で囲いを作ると、バテイラは囲いの中に入ってくることができませんでした。でも、銅板は海中ではすぐに腐食して穴が空いてしまいました。そこで、私たちは、囲いに銅を含む船底塗料を塗ってみました。すると、銅板の時と同様に、バテイラたちは囲いを越えることができませんでした。バテイラは伊豆下田では時々スーパーでも見かける食用巻貝で、けっこう美味です。その時は、「この技術を使えば、バテイラの海底牧場ができるねえ」なんて話していたのですが、私が異動になったこともあって、研究が止まっていたのです。この時の方法が東北でのコシダカガンガラの野外排除実験に役に立ちました。

さて、実験を行う時には仮説を立てます。コシダカガンガラは植食性巻貝で、口の中には、細かな歯がびっしりと並んだ「歯舌(しぜつ)」という口器があって(図2)、これを前後に動かしながら岩の上の藻類などを削って食べていると考えられていました。そうであるとすれば、仮説は「コシダカガンガラがいなくなれば、藻類がモッサモッサと生えてくるだろう」ということになります。

図2:コシダカガンガラの歯舌

牡鹿半島の西岸の海底に一辺が30センチのコンクリブロックの壁囲いを16個運び込みました。そのうち半分には銅を含む船底塗料が塗ってあります。銅塗料の囲いの中には、コシダカガンガラは侵入することができません。一方、塗料を塗っていない囲いの方には、コシダカガンガラたちは自由に侵入できます。これらの囲いの中に自然石でできたタイルを9枚ずつ置いて、その上の藻類の着生状況の変化を調べてみたのです(図3)。

図3:コシダカガンガラの野外排除実験

実験の結果は、意外なことに、予想とはだいぶ違っていました。コシダカガンガラの侵入できる区画では、タイルの表面は結構きれいでしたが、少しずつ海藻が生えてきました。一方、コシダカガンガラのいないところでは、どんどん泥が降り積もってゆきました。泥の堆積した場所には海藻の胞子は着生しにくくなります。泥の堆積に強い海藻しか生えられないため、海藻の生え始めがかなり遅くなりました。
どうも、コシダカガンガラは、海底を動き回っては岩の表面を掃除していたようです。積もっていた泥の中には小さな藻類や有機物も含まれます。夜行性ですから、夜間に徘徊しては、掃除がてら泥の中のご馳走を食べていたのでしょう。岩の割れ目などに着生してコシダカガンガラの掃除をうまく免れた藻類は、一定以上の大きさになるとコシダカガンガラには食べられなくなるので、泥の少ない綺麗な環境で、しっかり成長できるわけです。
私たちは、最初、コシダカガンガラをどんどん漁獲して食べれば、海藻を生やすことができるので、一石二鳥だろうと考えていました。しかし、彼らはむしろ、うまい具合に海藻の生育を助けているのだということがわかったのです。
はじめに「三陸沿岸の海はいつも濁っていて緑っぽく見える」と言いましたが、これは、栄養塩が豊富で、海中にはいつも有機物や藻類を含む懸濁物が舞っているからです。それらが海底に堆積すると、せっせとコシダカガンガラたちが掃除がてら食べてくれているわけです。たくさんのコシダカガンガラが海底に暮らすことができる理由は、この辺りにありそうですね。

部屋を掃除せずに放っておくと、びっくりするくらいに埃が積もります。空気中には目に見えるほどの塵は舞っていないのになあ。毎日少しずつ掃除していれば、綺麗に保てることは分かっているのですが、なかなかできることではありません。高価で手が出ないし電気代がもったいないので買わないけれど、お掃除ロボットがあれば、便利だろうなとは思います。
海底を毎夜毎夜お掃除しているコシダカガンガラは、人知れず海底を綺麗に保っている「海のお掃除ロボット」みたいだな、と思うのです。

○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。

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