【海のナンジャラホイ-28】老眼の研究者ダイバーは辛いです
老眼の研究者ダイバーは辛いです
私は海洋生態学の研究者です。沿岸の岩礁域で藻場生態系の研究を行なっています。そのため、スキューバ潜水が必須です。潜水による研究手法の基本は、現場での観察と計数や計測、それに採集です。
現場での観察は、目視によることもあれば写真やビデオの撮影によることもあります。計数や計測は、海中の一定面積にどれくらいの密度でどんな大きさの生物がいるかを調べるためで、それらは生態学の基本データなのです。継続的に定期調査を行うことによって、研究対象生物の季節的な増減や成長の度合いを知ることができるからです。また、採集は、研究室に持ち帰って飼育実験を行うための場合もあるし、標本として保存してゆっくり精査するための場合もあります。
私の研究対象は、海藻とその上に生息している小型の動物が主です。海藻の上に住む動物は、ヨコエビもワレカラも巻貝類も大きさが1センチに満たないものが多く、大きくてもせいぜい2~3センチです(第7回参照)。海藻の標識調査については以前(第9回)にもお話ししましたが、小さなプラスチックの標識タグを付けた海藻個体について、茎の大きさや太さおよび葉の大きさなどを金属製の物差しとプラスチック製のノギスで測るのです(図1)。
また、採集の時は、海藻ごと袋に入れて研究室に持ち帰ってから、海藻の上の動物をゆすり落とすこともありますが、動物が傷まないように持ち帰るには、海中で1個体ずつ確認しながらピンセットを使って容器に収納する(図2)のが間違いありません(第7回参照)。
さて、これらの水中作業に共通する大切なことは、何でしょうか? それは「細かなところを肉眼で見る」ということです。海藻に取り付けられた標識タグの小さな数字を読まなければなりません。物差しやノギスの目盛りを読まなければなりません。微小な動物を水中で識別して、容器の中に収納しなければなりません。20歳代のダイバーであれば、これらの作業を何の支障もなく行うことができます。
ところが、老眼が始まったら大変です! 還暦越えの私の水中マスクには近視の度が入っています。だから、普通に周りを見ながら潜っている分には問題がないのですが、老眼でもあるので、小さなものを見るのに、近寄って見ることができないのです。
陸上であれば、近視の眼鏡を外して、目を近づければ見えるのですが、海中でマスクを外すことはできません。もう一つの方法は、対象を遠ざけて何とか見ようとすることでしょう。この方法は、対象がそこそこ大きくて、沖縄のような透明度の高い海であれば有効なのです。しかし、東北太平洋の南三陸沿岸の私たちの研究フィールドでは、1年中海の透明度は、かなり低いのです。ようするに、たいてい濁っているのです。まあ、栄養塩豊富で有名な海なのですから仕方ないのですが。でも、濁っている海中で、目を遠ざけると対象物は見えなくなるのです。
つまるところ、老眼になると、研究者ダイバーは調査や採集がろくすっぽできなくなってしまう・・・ということなのです。「年貢の納め時です。さっさと後進に道を譲りなさい」ということなのかもしれませんが、もう少しだけ頑張りたい。
そこで、近視の度の入った水中マスクの外側に、百円ショップで買ったプラスチックレンズの老眼鏡の蔓(つる)を外したものを髪留め用のゴムで取り付けました。不要の時は巻き上げて水中マスクの上に乗せるようにしたのです(図3)。細かなものを見る必要のある時は、マスクの上からクルクルとおろして使います。これは意外と具合が良くて、なんとか海中仕事を続行できるようになりました。
まあ、若い時の目と同じようには行かないけれど、あとしばらくは、なんとか頑張れそうです!
○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。
*「ワレカラ」について詳しくお知りになりたい方は,ぜひこの本をお読みください。
『われから かいそうのもりにすむちいさないきもの』
https://www.kasetu.co.jp/products/detail/1172
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