【海のナンジャラホイ-29】東北でドライスーツは、辛いスーツ?
東北でドライスーツは、辛いスーツ?
私は1993年まで九州天草に居て、2011年までは伊豆下田に居たので、潜水調査の時に着ていたのはウェットスーツでした。天草で潜っていた時には厚さが 5 mm の黒いゴムのウェットスーツを、下田に移ってしばらくは、表にジャージ布を張った厚さが 5 mm の緑色一色のウェットスーツを着ていました。緑色一色だった理由は、下田に着任して地元の作業潜水の専門店にウェットスーツを注文しに行った際に、教授の先生に「俺はマリンブルーにする。君は?」と聞かれて、即座に「では、私はエメラルドグリーンにします!」と答えてしまったためでした。当時、既にスポーツダイビング用のオシャレなストライプの入った多色のウェットスーツもかなり普及していたのですが、作業潜水の専門店では、硬派な全身一色のウェットスーツしか選べなかったわけです。
以降しばらく、調査などでいろいろな場所のダイビングスポットで潜るとき「カエルか? カッパか?」と悪目立ちして、恥ずかしかったものです。
下田で周年の毎月調査を行うようになって、冬季の長時間潜水に備えて作ったのは、表も裏も黒いゴムの6.5 mm のウェットスーツでした。ロングジョンタイプのスーツに長袖の上着を着るようにしたため、部分的には厚さが 13 mm になり、下田の冬季の最低水温12℃ で2時間くらい潜っていても大丈夫でした。ただ、裏側がゴムだと滑りが悪いために、とても着づらいのです。
温水シャワーを浴びながら着る方法もあるのですが、一度体を温めてしまうと、海に入ってから冷えるのです。このため、更衣室に常時ベビーパウダー(=シッカロール、天花粉)を備えておいて、ウェットスーツの内側にたっぷりと振り込んでから体を滑り込ませて着用したものです。今年の夏のこと、一部の会社のベビーパウダーが有害で発売中止になる、というニュースがあり、そのベビーパウダーを頻用していた私には、少々ショックでした。今のところ、何も健康被害はないようですが。
ウェットスーツというのは、水着を着て、体が濡れることを前提に着込むものですが、海水温が10℃を下回るような場所では、寒さによほど強くない限りウェットスーツでの潜水はかなり難しくなります。このため、寒冷地での潜水にはドライスーツが使われます。首のところと手首のところでシーリングをして水の侵入を防ぎ、体を濡らさないことを前提に着るのです。
私は、下田にいた当時は、ドライスーツというものがあるのは知っていましたが、その着用を体験したことはありませんでした。退職まで下田に居るつもりであったため、たぶん一生ドライスーツを着ることはないだろうと信じていました。
ところが、2011年の4月から東北大学に異動することになり、着任してすぐに震災後の沿岸海底の潜水調査に参画することになったため、いちばん最初に必要だったのは、ドライスーツでした。着任後すぐにダイビングショップに採寸を依頼して、厚さが 5 mm で青色のラインの入ったドライスーツを作ってもらいました(図1)。
加えて、夏用には、やはり厚さが 5 mm のこれも青色のストライプの入ったウェットスーツも注文しました(図2)。
それから11年が経ちました。私たちは三陸沿岸で周年潜水調査を行うのですが、着用するのはほとんどがドライスーツです。ウェットスーツの出番が来るのは8月から9月のせいぜい2ヶ月くらいです。盛夏のダイビングでもドライスーツで通す人たちもいるのですが、夏のドライスーツは日射の下では相当に内部が高温になって熱中症の危険もあるために、ウェットスーツに切り替えることが多いのです。
私も、今やすっかりドライスーツに慣れてしまいました。体表を直接冷水にさらすウェットスーツでは、体温を奪われて、水から出た後にかなりの疲労感が生じるのですが、ドライスーツでは体が冷水に直接は触れないために、ウェットスーツの時のような疲労感もかなり軽減されます。潜水の後に仙台まで車を運転するためには、潜水の疲れを感じにくいドライスーツは、とても助かるのです。
でも、ドライスーツを着ても、海水温が10℃を下回るような厳冬期の潜水は、やはり相当に辛いものです。私たちの調査では、海藻の計測や動物の密度調査を行うとき、あまり体を動かさずにじっとしていることが多いのです。そうすると、体が深々と冷えてきます。体の冷えに対しては、衣服を着込めば良いのですが、あまり着込むと空気を抱き込むことになって、浮力が増して、たくさんの重りをつける必要が生じてしまいます。
過剰な重りはつけたくないので、インスタントカイロを体に貼り付けて、体を温めるのが一般的です。一番多い時には、カイロを胸側に2個、背側に2個、足にも2個ずつ(合計8個!)貼ることがありました。それでも冷えることを免れないのは、手先と足先です。頭には厚手のゴム製のフードを被ります(図3)。
足はドライスーツで覆っているし、手には厚手のゴム手袋(図4)を着用しているのですが、それでも、あまり長く潜っていると、手足の先はだんだんと痺れて感覚が無くなってくるのです。
そうなると、水中用記録用紙の鉛筆文字も書けなくなってしまいます。このため、海中で小刻みに手や足を振り動かしたりしてなんとか熱の発生を図ったりするのです。
寒さに加えて深刻なのが、尿意です。寒いからトイレが近くなりがちなのですが、ドライスーツの中で漏らしてしまうことはできません。トイレに行きたくなったら、いちど陸に上がってドライスーツを脱がなければならないのです。ところが、難題があります。私たちが常用するドライスーツのファスナーは背側にあって、自分で開けることはできないのです。したがって、一人で上陸してもトイレには行けないのです。誰か他の人が上陸するタイミングで自分も上がる必要があるのです。
海中土木作業などを行うプロのダイバーさんたちのドライスーツでは前開きのファスナーを備えるもの、小用を足すためのファスナーを備えるものなどもあるのですが、私たちには手の届かない価格だし、使いこなすのも難しそうです。私たちは、トイレに行くのにも、チームワークが必要なのです。
でも、寒い中で頑張って調査して、予定をすっかりこなした時の達成感は格別です。皆で器材を真水で洗って片付けて、車に積み込んで、青葉山キャンパスに向けて出発します。途中、石巻あたりで昼食をとって帰ります。
そんな時、レストランに着く頃になって、体が燃えるように熱くなったことがありました。ドライスーツを脱いだときに、体に貼り付けていたインスタントカイロを剥がすのを忘れていたのです。海中で発熱を抑えられていたカイロが、熱を取り戻したのでした。大慌てで、レストランのトイレに駆け込んで、夢中で体中のカイロを剝がしました!
○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。