柏井彫刻
中学の卒業式、僕はサプライズで登場した名も知らないバンドに、心を奪われた。急いで帰宅した僕は母親に言う。 「卒業祝いにギター買って」 今でも覚えている、あの時のきょとんとした母親の顔を。 そしてその後の僕の言葉に、それを上回る驚きを見せたことを。 「俺、高校卒業したら東京に出て歌手になるから」 今まで夢なんて持ったことのない、平凡な主人公がはじめて見つけた夢。 それを叶えると決意し、動き始める3月の終わり――――。
私の身体には、数日に一度、ばらのはなびらが散る。 痛みを伴うそれは、醜さの中に妖艶な魅力を秘めている。 が、それは私にしか知らない秘密 時間が経つにつれて溶けていく色も、形も、痛みも、気が付けばまた散っている。 忘れることは許さないと、鷲掴みにされる。 快感にすら成り得る だが、気持ち悪い。 私はそれを求めていて、求め続けていて、そして歓喜する。 あぁ、また散ってしまったと。 私は無能で、人間以下であるという証。 私はそれを求めている。
何故私は、煙草を吸っているのだろうか――――。 ふと、時折、時たま、本当にたまに、いや、二日に一回程度の回数、考えることがある。 人生で初めて煙草を吸ったのは、二十歳の誕生日を過ぎてしばらくも経たないうちであった。 まだ秋に差し掛かったばかりだというのに、ひどく冷たい夜風を浴びながら、私は煙草に火をつける。 立ち上る煙と共に顔を上げれば、雲一つない、だが星も一つも見えない、そんな空が広がっていたのを覚えている。 胸が苦しかった。 それは異物のせいなのか、はたまた別の
オイルの匂いを感じながら、口先に灯りを持っていく。 肺に息を入れ、そして吐く。 約10分 至福の時間の幕が上がる。 私は煙草の味やその中毒性よりなにより、「時間」が好きだ。 一人の時は物思いに耽て、一緒に吸う人がいればその時間を共有する。 視界を埋める煙と、その先にいる微笑む友達。 仕事の愚痴でも、誰かへの恋慕でも、何の中身のない話でも、煙と一緒に吐き出して、心地よい時間につながる。 そして時に、削られる寿命を感じながら、その味を噛み締める。 この文章を書きあげるま
死ねなくなった。 だが死ぬための明確な目標ができた。 これで生きていける。
文字の羅列を追いかけることで、世界に没頭していた午後4時27分、一際大きな音で、私は視線を上げざるを得なかった。 学生服を着た男女のグループが、和気あいあいと乗車してきたのだ。グループの会話に意識が向くが、周りのどこよりも「声が大きい」という認識しかできず、会話のないような一切耳に入ってこない。 耳障り、とまではいかないが、集中力も途切れてしまったため、私は一度視線を下げ、どこまで目を通したかを確認してから栞を挟み、本を閉じた。 本の世界に入ることもできず、グループの会話
先日、人生で初めて小さな公募に小説を出した。 小説家になりたいと小学4年生のころから願い、そして自己満足に物語を書くだけで夢のために努力をしてこなかった私が、初めて、人に批評される公募に、自分の世界を、みせたのだ。 だが、特に緊張することも、達成感も、何もなかった。 書いた。 それだけ。 そして入賞した。 小さな小さな公募の中で、もっとも小さい賞。 それでも確かに、1000近い応募作品の中で、賞を取ったのだ。 嬉しかった。 普通に、人並みに。 これで小説家として活動で
気づいたら朝が来て、気づいたら夜になってる。 毎日の日課、と言えるほどの習慣はないが、最低でも一回はコーヒーを飲んでいる。 目や意識を覚ましたいなら無糖のブラック。 疲れた脳みそを癒したいならたっぷりの砂糖を。 何も考えず、ただ体内に流し込む。 一口、二口――ただひたすらに。 熱ければ熱いほどよい。 猫舌ではない私は、熱いものも平気で口に入れる。 そして熱いまま食道を通り胃袋に到達する。 体内に熱が通る感覚が、どこか心地よい。 最近、苦いも甘いもよくわからなくなってい
合図というのは程遠いものだった。 周りの音が、声が徐々に遠くなり、目の前が真っ暗になった。 あぁ、死のう。 確かにそう思った、ことは覚えている。 次に目を覚ましたのは――いや、我に返ったのは、誰かの叫び声を聞いたからだ。 散乱する部屋、飛び散る血、叫びどこか必死になっている人々。 そこは私の部屋で、飛び散ったのは私の血で、みんな私の体を必死に掴んでいた。 あぁ、死のうとしたのか そして失敗したのか 今までも「死にたい」と思うことは何度もあった。 でも「死のう」とした
「ごめん、煙草くれる?」 最近になって増えた言葉だ。 「いいけど、吸う人間だったっけ?」 「いや吸ってこなかったし、今も吸うか悩んでる」 そう言いながら煙草に火をつけ、息を一吸い。 赤い灯が付き、煙があがる。 「吸うか悩んでる人間の手つきじゃないけどね」 呆れ笑う顔を横目に、私は異物に侵食されていく様を想像する。 煙は体内に入り、毒となる。 口内に広がる苦み、器官が圧迫される感覚、より鮮明に感じる空気の味。 「……やっぱり煙草は好きになれないな」 「じゃあなんで
そんなもの、あるようでない。 「きっかけ」という逃げ道を作って、ただ恐れているだけ。 「その時」が来れば、きっかけなんて何でもいい。 今日の朝ごはんが卵かけご飯だったから 満員電車で足を踏まれたから コンビニでほしい商品が手に入らなかったから なんでも。 「きっかけ」がないんじゃない。 「覚悟」がないだけだ。
何か遺したいものがあって、何か伝えたいものがあって、こうやってnoteを開くんだけど 開いたとたんに 「何も言いたくない」病にかかる。 私が遺したいのは「私が感じた想い」であって、変換した言葉ではない。 言語化力がないだけかもしれない、きっと70%はそう。 でもその言葉になりきっていない、生まれたての醜くても愛おしさを感じてしまう己の感情が何よりも好きなのだ。 それはその感情を生み出した私にしかわからないことだし、誰にも100%は伝わらない、いや1%だって伝わる気がし
身体から、精神が花離れていく感覚
私は嫌なことがあり、誰かに打ち明けたいとき、でもそれが叶わないとき、逃げ出したいとき、柏井彫刻になる。 黒鳥清花も、柏井彫刻も私の中にいる人間だ。 どっちが嘘でどっちが本当かなんて存在しない。 どちらも嘘で、どちらも本当なのだ。 多重人格とか、そんなかけ離れたものでもない。 切り離すことのできない、不完全な物体なのだ。 「今日の調子はどう?」 「最悪だよ、君も良く知っているだろう?」 アメリカのブラックコメディさながら、陽気な様子でワタシタチが会話をしている。 HA
最近、ずっと胸の上がむかついていた。 「吐き気」と言えるほど明確なものでもないし、かといって意識しないで済むほど小さいものでもなかった。 今日もあいつがいる そんな小さな小さな不快感と共に過ごすこと数週間 日常生活には何の支障も出ない。 仕事が疎かになるわけでもなければ、食欲や睡眠欲が妨げれることもない。 ただ、なんか気持ち悪いだけ。 でもそんなあいつも、今日、はじめて、顔を出した。 「何もないと思っていたのかもしれない。いや、何もないと思い込みたかったのだろう。で
こちらは連載小説「僕はある冬の日、珈琲を捨てた。」の2話目になります。 1話目はこちら。↓ (あれ…) 息の切れる感覚が僕を襲う (僕はなんで、走っているんだろう…) 脳まで酸素が回らない (あれ…) 心拍数が鼓膜まで響いてくる (卒業式、いつ終わったんだろう…) 僕は走っていた。 ただひたすらに走っていた。 体育の授業でだってこんなに全力を出したことはない。 つまり 今の僕はそれくらい必死で、全力で、真剣だということだ。 「――――た、ただいまッ!!」