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戦花

「まずい、回り込まれた!3時の方向から向かってくる!」

「偵察してた奴らとも連絡がつかねぇっ…クソッタレ!」

同胞たちの怒声。

「ぐっ…ぁぁぁぁあああああ!」

「ぼさっとすんな!進むしかないだろ!なんとか立て直すんだ!」

焦り。雄叫び。苦しみ。

「早く…早く指示をくれ!マドロック!」

「…あぁ。」

鎧を充填するアーツに一際力を入れる。
ハンマーを支えにするように立ち上がる。

「このまま迎え撃つ。私が前に出よう…これ以上、同胞たちを傷付けはさせない。」

次の瞬間、木々の合間から鋭く伸びたアーツが地面を穿つ。

「そこか、」

地面を蹴る。ハンマーを振りかぶる。
次の攻撃を放とうとしたそのアーツユニット、腕、体ごと叩き潰す。

舞うアーツ、飛び散る血肉。

ハンマーを振り下ろしたタイミングを見計らったのか、武器を構えて何人も突進してくる。

「術師は囮だった、か」

味方を囮にするほど下劣な…いや、違う。
味方を囮にしてまで、自分たちを仕留めに来ているのだ。

「…ならば、こちらも相応の力を震わせてもらう。」

膝の力を抜き地面にかがみこむ。そのまま1人目を躱した後、地面にハンマーをごとん、と押し付ける。

「"友人たち"よ、立ち上がれ…」

土くれの塊が、意思を持つ。どこか歪な形をなし、
立ち上がる。
土埃がむわ、と巻き起こる。
  
「なんっ…ぐぎぃっ」
「ぁが」
「ごぶっ」

何人もの同胞たちを仕留めたのであろう敵が、いともたやすく潰され、抉られて死んだ。

「…終わった、か」

体の力が抜けると同時に、"友"の体もごしゃ、と意思を失った。

「ありがとう、お前たちも休め…」

緊張から解放され、少しだけその場に座り込む。

「戦場で気を抜くのは、間違っているな…」
気を取り直し、血に塗れたハンマーを持ち上げたときだった。

「…?」

ハンマーの下に、血肉とは違った柔らかい感触がかすかにあった。

「…花、か」

最早、花とも呼べないほど潰れてはいたが。
赤茶色に汚され、黒ずんではいるがかすかな白さを残している花弁。

何回もへし折られ、潰された茎。葉。

ふいに戦い続け、傷まみれで彷徨う自分たちにその姿が重なる。

「…」

ぐ、と鎧越しに胸を押さえつける。動悸。

「今はただ、進むことしかできない。同胞たちと共に、カズデル…安寧の地へ。それを阻むものは…」

ハンマーを、持ち上げた。



「……だから、…隊D5の…レユニオンの残党達…ドロック達は…にて待…防衛ライン…各員…」

「D5…です」

「…」

「…ロック…」

「マドロック、OK?」

「…」

「オイ、マドロック!マドロック!ドクターに呼ばれてんぞ!」 

ばちん、と意識が覚醒し、いつの間にかうつむいていた頭を慌てて起こす。

「っあ…す、すまない…もう一度お願いできるだろうか」

周りに注目されていることを恥じ、顔が熱くなるのを感じる。

「作戦会議中だ、しっかりしてくれよ」

…作戦会議中にうたた寝とは、自分が恥ずかしい。
しかし、今しがた見ていた夢…リターニアの一件のあと、だっただろうか…?

「行動隊D5の…」


「マドロック、アーツの使い過ぎで疲労が溜まってるんじゃねぇよな?作戦中にぶっ倒れないでくれよ」

がちゃがちゃと兵装を整える面々。

「ああ…少し、ぼんやりしていただけだ…」

「なんでもいいけどよ…俺らの"英雄サン"に倒れられちゃ敵わねえぜ、なぁお前ら?」

「おうよ」
乱雑に整えられていく武器たち。

「そ、その呼び方はもうやめろ…そろそろ、招集がかかるだろう。準備をしなければ」
履き慣れたグローブで、ハンマーを握った。



「それでは、ただいまよりレユニオン残党の殲滅を開始する。各自持ち場へ…通信機器の確認も忘れないでくれ」

「了解!」

それぞれの小隊が速やかに指定されたブロックに移動してゆく。自分たちのところにはすぐには敵は来ないだろうが、急ぐに越したことはない。

しかし、レユニオン…か。
あのとき…少なくともリターニアの一件の間、自分たちは確かに「レユニオン」だった。
赤い記章、もといそれが縫い付けられていた場所に自然と手が伸びる。

もう、自分たちはレユニオンではない。
ロドスの「オペレーター」なのだ。



指定されたブロックに到着した。敵影は見当たらないが、通信によると他のブロックでは既に交戦が始まっているらしい。こちらにもすぐに流れてくるだろう。

マスク越しに、乾燥した空気にのせてむせ返るような感覚を感じる。

戦場の、匂い。

「…お前たちも、気を緩めるなよ。ここは、戦場だ…」

それは同胞たちに問いかけたのか、"友"に問いかけたのか、はたまた自分か…

ひりつくような空気に、ざく、と足を踏みしめたときだった。
 
「花…」

岩陰に隠れるように、赤色の小ぶりな花びらが見えた。

つい数時間前に見た白昼夢を思い出す。
ぐちゃぐちゃの花弁、折れ曲がった茎、葉…

「っ…」 

「来たぞ!構えろ!」

いたたまれなくなって、目を背けた。


「がぁっ…!」
「邪魔するんじゃねぇ!」

ハンマーを振るう。
すべて、叩き潰す。

ボロボロの剣を勇ましく振りかざした兵士を跳ね除け、飛来するアーツを鎧で防ぐ。

彼らは、何を思うのか。
感染者への差別に、最期まで憤っているのだろうか。

剥がれ落ちたレユニオンの記章。
血。
肉。
骨。

「そちらへは、行かせない」
隙をついて突破しようとしてきた敵を、隠れた岩ごと叩き潰す。

かつての同胞たち。
赤い血と───

赤い、花弁。

「こ、れは…」

敵に打ちつけたハンマーをどかす。

あのときとおなじ、

無残に潰された花。

そして、赤い記章。

「っ…!!」

心臓が。痛い。

「オイ、マドロック!後ろッ…」

「!」

源石結晶まみれの腕から、赤く禍々しい光が放たれ───

防御の緩んでいた鎧を、貫いた。

「大地よ、巌よ…!」

肩が熱い。

戦場で気を抜くなど、ありえない。
ありえないはずだった。

「この程度、どうということはっ…」

尚も向かってくる敵を打ち破る。

「陣形を整えろ。負傷した者は私の"友人"の後ろへ…」

「へっ、俺らもサルカズだぜ!この程度全部ぶっ飛ばしてやるよッ…!」

「マドロック小隊の名には恥じない、そうだろ!」

今際の獣のように突進し続けてくる敵兵達。

立ち向かう同胞。

「私は…私達は、ロドスの…」
戦え。その先に必ず安寧が───



次に意識を取り戻したのは、ロドスの医務室だった。

「マドロック!起きたのか!」

「ちょっと、まだマドロックさんは要安静状態なんです!面会はまたあとにしてください、バイタルチェックをしますから…」

「私、は…」
気だるさの残っている身をゆっくりと起こす。白い天井。何に使うのか未だよくわかっていない設備。

騒がしい声に視線を向けると、見慣れた面々が医療オペレーター達を押しのけようと医務室の入り口で揉めていた。

と、屈曲なサルカズ達を押しのけて一人こちらへ向かう白衣のブラッドプルートがいた。

「ドクターからは作戦が終了した瞬間にその場に倒れたと聞いたぞ。敵のアーツを受けたあとも何時間も戦っていたのじゃろう?まったく…無茶をしおって。応援の要請すらしなかったそうではないか」

「ワルファリン先生…」

怒っているような口ぶりだが、どこか優しさが内包されているのを感じる。

つかつかと歩み寄り、びしりと釘を差すワルファリン。

「アーツが傷口を焼いていたおかげというべきか、出血はすくなかったが…他にも身体の負傷が目立つぞ。お主のやけに大きい鎧は意味をなしていたのか?ヴァルカンのところでメンテナンスを受けるべきではないのか?」

「…いや、大丈夫だ。ドクターへ報告をしに…」

「お主は今日のところは安静にしておけ。報告なら既にそこのむさ苦しい男どもがやっておいたそうだぞ、字が汚いとドクターが文句を言っておったが…」

「お前たち…」

「マドロック、本当に大丈夫なのか?最近…いや、いつもだったかも知れないがぼーっとしていることが多いじゃねえか」

「そうだぞ、元々何を考えてるかよくわからなかったが…」

「とにかく!妾も忙しいのじゃ。お前らはもう帰れ、マドロック…お主も栄養食を食べたらもう横になっておれ」

「ふむ、承知した…」



「…もう皆寝静まっただろうか…」

糊の効いたシーツから身を起こし、そっと植木鉢の近くに移動する。

真夜中のひんやりとした空気が頬を撫でる。

「友人たちよ…」

土がむくりと動き出し、小さな体を形作る。

「ふふ…少し、眠いか?私はもう何時間も寝かされていたから目が冴えてしまったぞ…」

「ああ、今日は作戦に行ったんだ…レユニオン、かつての同胞たち…傷か?綺麗に包帯を巻いてもらった。大丈夫だ…」

ふいに、白昼夢と、あのとき見た風景を思いだした。

「花…そうだ、花…お前たちは花は好きか?うむ…そうか、今度ラナさんに頼んで小さな花を持ってきてもらおう。」

「あのとき…私が潰した花がレユニオン達の記章と重なって見えた。なあ友人達、私は…リターニアのときも、私が戦ってきたのは…人間だ。感染者であったり、そうでなかったりもしたが。あのとき、リターニアでの暴動は、けして意味がなかったとは思えない。様々な人間が、憤っていた。」
 
瞼を軽くつむる。

自分たちのために怒る人々。
大切な人を奪われた慟哭をぶつける人々。
まだ見ぬ人々のために奮起する人々。

「だが…あの花達を思い出すと、どうしても考えてしまう。戦うということ、命を奪うということは…他者の願いや希望、想いを奪うことでもある…。彼ら、レユニオンは…私が戦った者達の希望は、私が、潰してしまったのだろうか…」

「……」

「少し難しい、か?ふふ…そうだな、お前たちも随分と眠そうだ。そろそろ…」

と、足音が響いた…と思った次の瞬間、カーテンが勢い良く開けられた。

「マドロック!夜中にぶつぶつと独り言を垂れ流すでない!他の患者が怯えておるのだ!」

「なっ…聞こえて…す、すまない……」



「傷はもう大丈夫なんだな、マドロック?」

「ああ…問題ない。」
がたごとと移動する輸送機。
あれから数日が経ち、また新たな任務が始まっている。

トランスポーターの護衛。

これだけ厳重な守りを敷くのだ、おそらくただのトランスポーターではないのであろう。
非常に重要な情報を持っているか、あるいは斥候の類か…

ドクターに訪ねてもはぐらかされるだけである。
…そもそも、そんなことを知ってもどうにもならないので気にしないが。

なんにせよ道中襲撃に合うことを見越しての出撃命令だろう。気を抜いてはいられない。
ばりばりと揺れる窓から、護送する車両をちらりと眺める。

装甲に覆われた車体は黒光りしている。まったくもって厳重な守りである。

改めて気の抜けない任務であることを再認識し、己を戒めるようにハンマーを握りしめた。


…数時間が経過した。
未だ襲撃の類は一切起こらず、肩透かしを食らったようだ。

車内には無線通信の受け答えだけが時折小さく響く。

「…こちらマドロック小隊、どうぞ。定期連絡。後方、右方向共に異常なし。どうぞ。」

かちゃかちゃと通信機をいじるオペレーターの手つきも、ずいぶんと軽やかなものだ。

「目的地まで10kmを切ったそうだ。最後まで気は抜けないが、まあここまできたらそろそろ一安心だな」

通信機を置こうとしていた、その瞬間だった。

「っ!?」
「なんだっ!?」
「うわっ…おおっ…」

車体が…地面が大きく揺れた。
即座に警報音が車内に鳴り響き、急ブレーキがかかる。手すりにしがみつきながら、突然の非常事態に各々がばたばたと立ち上がりだす。

「何事、だ」
ハンマーを持ち上げながら、通信機器を必死で守っていたオペレーターに視線を投げかける。

「こちらマドロック小隊、どうぞ!揺れあり!状況は!?どうぞ!」

焦るようにワイヤーを手繰り寄せている。

「お前たち…準備を、しろ。」

「前方の護衛をしていた車両に装甲機が突っ込んで来やがった!!襲撃だ!作戦通り車外へ出て護衛へ!」
オペレーターが言い終わらないうちに輸送機が停止し、扉が勢い良く開く。

ばたばたと駆け出す隊員たち。前方では既に戦闘が始まっているらしく、銃声や指示の声がかすかに聞こえてくる。

と、耳につけていた無線機に通信が入った。

『こちらドクター。マドロック、聞こえるか?』
「聞こえている」

護送対象の乗る装甲機まで数十メートル。

『1時の方向から襲撃。3時、9時からも敵兵が向かっている。護送対象の周囲で防衛に当たってくれ』
「マドロック、了解」

通信を切りながら、隊員を振り返る。
「敵が迫っている。私達は、護送対象を守り抜く。装甲機まで、急ぐぞ」
「了解!」
「おう!」
「行くぜ!」
口々に了承を重ねながら、素早く移動する。

尚も前方からは戦闘音が続いている。装甲機の前で陣形を広げ、いつ来ても対応できるように構える。戦場のひりつくような匂い───

そして。
また。

「…!」
足元から少し離れたところに、白く滑らかな花弁をかいがいしく開いた花が数本生えている。

いつ戦火に見舞われるかも、理不尽な攻撃に押しつぶされるかもわからない花が。

「…」
あのとき潰した花。
そして、レユニオンと共に千切られた花。
脳裏に焼き付いて、離れない。

ならば。

ならば。
私が、共に護ろう。

『前方の車両が突破された!マドロック、頼む!』

息を吸い込む。
武装した兵士たちが、武器を構えて装甲機に向かってくる。

「行くぞ!」
右方向から斬撃。鎧で受け止める。薙ぎ払うように一撃。前方から縫うように狙撃、低姿勢で躱してもう一撃。

レユニオンのときとは違い、相手は何かしらのしっかりとした後ろ盾があるように見える。見るからに武器や防具が揃えられ、練度も高い。

「手伝うぜ!」

左方向からの敵は同胞たちがカバーしてくれる。
アーツを纏い、本気で切りかかってくる敵をハンマーで一蹴する。

「ぐ、がっ…!」

ヒュン、と耳もとでうなる風。動きにあわせて揺れる視界。鎧との隙間に充填されたアーツにはまだまだ余裕がある。

何人かをまとめて叩いたところで敵集団が少し怯む。が、その間にも続々と敵は集まってくる。
その、わずかな時間の合間に…

「大地よ…巌よ、立ち上がれ。」

"友人達"よ。力を。

ごろ、がき、と乾いた大地から割れでた土や岩の塊が、見る間に形を整え…
「ゆけ」
敵へ、その強大な力を振りかざしていく。

「クソッ…怯むな!進め!目標はそこにいるはずだ!」
「進ませは、しない」
「あがっ」

ハンマーを振るう。
雄叫びをあげて敵と相対する同胞達。
壁そのものとなって立ちはだかる"友人達"。

息を吸い込み、また敵へと飛び込んでゆく。
ロドスという、新しい居場所を得て私達は安全な生活を手に入れた。

それでも、私達は戦場に居続けることを選択する。
破壊することこそ守護であり、私達が護るのは希望であるからだ。

希望…




「こちらマドロック。…敵影確認されず。負傷者数名。」
『重傷者は?』
「アーツを受けた者もいるが、応急処置は済んでいる。全員五体満足で立っている」

敵達の半数ほどを迎え撃ったあたりで、撤退し始めていった。倒れているのはどれもただの兵士ばかりだ。

『OK、護送対象にも被害は及んでいないんだね。前方車両は被害を……』

通信の途中で、ふとあの花のことが気になり周囲をきょろきょろと探した。

「…あれは」

花が幾本か生えていた場所には、砲撃の煤がついている。
慌てて駆け寄る。

「生き残って、いたのか…」

そこには、他の花たちが焼き潰されたにもかかわらず、一本だけ懸命に咲き誇る花があった。

だが、その灰色の産毛の生えた細い茎には傷が走っている。

『…から、マドロック達の車両への同乗を…マドロック?なにかあったのか?』

「ふむ…いや、ドクター。伺いたいことがある」
『…何だ?』
「花を…手当するには、どうすればいいんだ?」

白いはなびらに、鎧越しの指でそっと触れる。  
柔らかく揺れる小さな命。

『花…花か…うーんと、よくわからないけれど…とりあえず植木鉢かなにかに入れて、ロドスに戻ったらラナにでも聞けばいいんじゃないのかな…?』

「ラナさんか…ふふ、ありがとう…ドクター。」

『あ、ああ…』


私にとっての守護は破壊すること。

「お花の怪我を治したいのね?ふふ…そうね、これをこうして…」

時にそれは…危ういものなのかもしれない。

「友人達よ…見ろ。新しい仲間だ」

だが、少しでも希望を守れることができたのなら。


きっといつか、この大地には…戦火を覆ってしまうほどの花が咲くのだろう。




(fin)


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