加瀬さやか

子どもの頃の私は、提出物の期限を守ることが、とにかく苦手で、問題児として怒られてばかりいました。このnoteでは、そんな私の昔話を綴っています。黒歴史ばかりではありますが、どなたかの背中を押すことができたら、とっても嬉しいです(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)

加瀬さやか

子どもの頃の私は、提出物の期限を守ることが、とにかく苦手で、問題児として怒られてばかりいました。このnoteでは、そんな私の昔話を綴っています。黒歴史ばかりではありますが、どなたかの背中を押すことができたら、とっても嬉しいです(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)

最近の記事

noteを始めた本当の理由【初めて大きな賞に選ばれたときの絶望と、いまの私】

noteの投稿を始めるとき、一番最初の記事を、なににするか、とても迷いました。 (私の初投稿の記事は、こちから読めます) というのも、そもそも、私がnoteを書き始めたのは、私の夢である「相談室の開業」を応援してくださっている個人投資家の方から「加瀬さんは、なにか、パーソナルな部分が伝わる発信をしたら、すごくいいんじゃないかな」とアドバイスを頂いたことがきっかけだったからです。  実は、私は、夢の実現のために、2022年の2月に、地元で開催された「ビジネスコンテスト」に参

    • 【私が夢を諦めない理由】不思議ちやんが初めて褒められたとき

      【はじめに】心を病んでいた思春期 前回の記事で紹介した伊原先生の美術の授業を、私が初めて受けたのは、中学二年生のときでした。 あの、私が病んでいた時期です。 その頃の私は、学校では大きな声で話すことができず、宿題も忘れてばかりいて、学校の先生や両親からも叱られ続けており、学校を休むように勧められたり、精神科を受診したりすることもあったほど、精神的に不安定な時期でした。 伊原先生の美術の授業での制作 伊原先生の美術の授業を受けるようになったのは、ちょうどその頃のことで

      • 憧れの先生と、卓球部の友達との思い出

        中学二年生の頃、私は世界中の嫌われ者になったような気分でいました。 前回の記事では、そんな頃の私にも優しく接してくださった伊原先生(仮名)と関わるきっかけとなったエピソードを綴りました。 今回は、そんな伊原先生に私が憧れている理由となる出来事や、その頃の私の大切な友達のことなどを記事にしていきます。 最初は、伊原先生と私とのエピソードです。 その頃の私が伊原先生と交流する機会は、実は前回の記事で紹介した宿題を忘れたとき以外にもありました。 それが部活の時間でした。

        • 不思議ちゃんに冷たくしない「不思議な先生」

          中学生二年生の春、私は人生の暗黒期に突入したかのような日々を過ごしていました。 (その頃の詳細は、前回の記事で綴っています) 家族も、友達も、学校の先生も、周りとは違いすぎる私の個性を、とても心配していました。 そして、それを、どうにかして矯正しなくてはと、熱心になり過ぎてくれていた時期でした。それは、私のことを想いやっての行動でした。 私は周囲の人たちの優しさと熱い想いに応えたい気持ちでいっぱいでした。 しかし、私は、彼らが求める「普通の子」になることができず、私の

          【不思議ちゃんの暗黒期】宿題忘れが「面白キャラ」なのは小学生まで

          前回の記事では、周囲から「不思議ちゃん」と言われることが多かった私の「夏休みの過ごし方」にまつわるエピソードを投稿しました。 当時の私は『不思議ちゃん』という言葉をオブラートに包まれた『悪口』のように感じており、自分に対しての評価も、極端に低く、自分に自信を持つことができていませんでした。 ただ、それでも、小学生の頃は、宿題を忘れてばかりの不思議ちゃんも「面白いキャラクター」として好意的に周囲に受け入れてもらえることが度々ありました。 そのため、私は「提出物の期限を守る

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          不思議ちゃんの本音「夏の宿題は?」

          「夏休みの宿題」について、子どもの頃の私は、同じ学校に通う、多くの同級生たちとは、少し異なる意見を持っていました。 実は、小学生の頃の私は、夏休みが終わってから宿題をするタイプの子どもだったのです。 「なぜ夏休みに宿題をしなかったの?」という素朴な問いは、私にとっては、これまでの人生で何度も受けたことのある「よくある質問」のひとつです。 なぜなら、私にこの質問をしてくるのは、当時の学校の先生やクラスメートだけではないのです。 大人になってからも「夏休みの宿題は、いつ始

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