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負けられない闘いがそこにあった

今回のフライトには、自信があった。

なんせ体力を温存し、コンディションを仕上げてきたのだから。

羽田発、21時。

これからアメリカに帰る。
東行は、偏西風の影響で早めだし、
なんとかなるだろう。

ラウンジのシャワーは浴びた。
カレーもたらふく食べた。

もう日本に悔いはない。

暮れゆく羽田空港の滑走路は、暖色の光を灯していった。

日本時間20:30

アメリカ発の帰国フライトの敗因は主に二つ。

深夜1時の便で、
出発時点のHPがほぼ0状態だったこと。
オムツなどの頻出物品を手元に集めそびれたこと。

我が子がバシネットで寝続けてくれたのに、
夫の実家に到着したころには灰になっていた。

今回はそうはならないぜ。

お知らせのベルが鳴る。

『2歳以下のお子さんをお連れのお客さまは…』

アナウンスとともに、わたしはスッと立ち上がった。

帰りもバシネット席だ。

(バシネット席とは、離陸して安定飛行になると、
CAが赤ちゃんサイズのベッドを壁に取り付けてくれる席のこと。

親はベッドを眺めながらエコノミー席に座るというわけだ。)

日本時間21:30

乗り込んで、離陸すると同時に授乳する。
我が子はウトウトし始めた。
ヨシ。

バシネットに置こう。

『エッエッエッエ…』

入って3秒でなにかを察知し、泣き始めた。

もう一度。

『エッエッエッエっ…ぅエーン』

だめだった。

日本滞在中に成長した我が子は、己が動けることを知ってしまった。
"ねんねマイスター"から
"ねがえリスト"に進化してしまった。

想定内だ。
仕方なく、抱っこで自分も眠ることにした。


しかしこれが、正気を維持したわたしの最期の姿となった…。


日本時間0:00

気づいた時、3時間が経過していた。
機内は消灯している。

我が子を落とさないようと固まった体に、約9kgの重さがのしかかった脚。

動かず、脚を圧迫し、そういえば水分もまったく摂っていない…。

エコノミークラス症候群のリスクしか存在しない状態だった。

わたしは危機を感じ、立ち上がってお手洗いに行こうとした。

でも、どうやって?
夫は…。

夫も疲労をかかえて隣で眠っている。

やはり、一度この子をバシネットに置こう。

もう一度ゆっくり置いてみる。

『エッエッエッエっ…』

ダメかなぁ…

すると、夫の隣にいたアジア系マダムが、手を伸ばしてきた。

そして、我が子の脚と足の裏をしきりにさすり始めた。

この方の伝統寝かしつけ法なのか、
愛すべきムチムチをただ触りたいだけなのか、
知る術もない。

しかし明らかに、我が子は触られているせいで覚醒していっている。
メガネをとったのび太くんと同じ目をしたわたしが思ったことはただ一つ。

さ、触るなぁああぁああああ

そう言えるはずもなく、軽く会釈して再度抱っこで着席した。

ふりだしに戻り、わたしは途方にくれた。

日本時間1:00

さて、不本意だが夫を起こして立ち上がろう。

絞り出した思考力で考えていると、
壁席特有の、飛行状況の地図が3秒おきに点滅しているのが目に入った。
ま、まぶしい…。

食事も、"お休み中"だったので当然スキップされている。
お腹空いた…。

疲労と眠気と空腹と渇きと眩しさと伝統寝かしつけ法。
それらが、はじめて強いストレスとして降りかかってきた。

た、耐えられない…っっ!!!!

やっと夫に助けを求めたときには、
すべてが噴出した。
『もうs○×△☆♯♭●□▲★ブェブェブえ※……泣!!!!』

子どもかよ、な内容であったに違いない。

しかし夫は仏なので、何も言わずササっと頭上のキャリーケースからお目当ての品を探してくれた。

その後は夫と抱っこを交代し合い、
バナナや水を摂取してウトウト過ごした。

おなかが空いていたが、朝食にはありつけるだろうと考えていた。

日本時間6:00

わたしは朝食も逃した。
痛恨のミスだ。笑ってくれ。

しかしわたしからすれば、
「全然眠れてないはずなのにいつ食事配って回収してるんだ?!」
状態であった。
フライト中、誰の食事も見ていない。

もう着陸間近だとアナウンスは言う。
CAさんに急きょ、
朝食に付いていたらしい小さなパンとおかき一袋を恵んでもらう。

それらをエネルギーに、アメリカに着陸することになった。

ちなみにこのフライトは約10時間であった。

アメリカ時間16:00(日本時間8:00)

わたしはパンで一命は取り留めたものの、
到着した空港内を歩き回り、
入国審査の長い列に並び、
Uber乗り場で青空授乳をする頃には灰になっていた。

出発時の自信は粉々になり、カリフォルニアのからっ風に舞っている。

そこから渋滞で2時間半、Uberに揺られ、
無事自宅に到着。
記憶はほぼない。

そして、その夜から我が子の時差ボケにより深夜覚醒を余儀なくされたわたしは、
文字通り疲労困憊で、三日三晩高熱となったのである!!

何の話?

…人は、乳児連れ長時間フライトと時差ボケの前には無力だという話です。


おわり。

<あとがき>
なぜか超大作になってしまいました。
なお、夫は普段、誰よりも気配り屋、育児熱心なので休ませてあげたかったのです。あしからず。

みんな、ゆっくり寝ろよな!

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