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どっくん、とっくん。

袖無かさね



みんな、ボクより大きい。みんなの顔はずっと上にあるし、歩くのも早い。ごはんのお皿はボクのだけ小さいし、みんなの話は分からないことがまだ多い。



その日、ボクの家にいろんな人が来た。そしたら誰かが言ったんだ。
「ピザ、食べたいね。」
「ピザとろうか。」
ピザ、って言うたびにみんながワクワクした顔をした。きっと、ピザって楽しいに違いない。



ママが、丸い模様がたくさんついた紙を取り出した。みんな、その紙をのぞき込んで、丸を押しながら楽しそうに話してる。それがピザ?ボクはあわてて誰かの足にしがみついた。でも紙が見えない。

「うわーん!」

顔をくしゃくしゃにしてみせたら、ママが抱っこしてくれた。この丸いところを指で押せばいいの?ボクがピザをやろうとした、ちょうどその時、みんなは急にうんうん、とうなずいて紙をしまっちゃったんだ。待って!ボク、まだピザやってないよ!

「うわーん!」

またこれだ。



そう、ボクは小さい。でも、ボクはここにいるんだ。なのに、たまにみんなは、まるでボクがいないみたいに動くことがあるんだ。

「よしよし、ヨシくん、おむつかな。」

ママが泣いたボクを床におろしてズボンを脱がせ始めた。違うよ、ボクはみんなと一緒にピザをやりたいの!

「あばれないでー。あら?濡れてないわね。」

ママはボクにまたズボンをはかせると、はい、と鈴のおもちゃをくれた。

「ねえママ、さっきのピザのことだけど…。」

ボクは、なんとかママに伝えようとしたけど、「あうわう」としか声が出ない。がんばって手ぶりで伝えようとしたら、さっき渡されたおもちゃからチリンチリンと音がして、ママはにっこり笑ってくれた。いや、違うんだなぁ。

「あのね、さっきの…。」

その時、あっちの部屋でピーピーと音がして、ママはその音に呼ばれるように行ってしまった。



はぁ。小さいってこういうことなんだ。ボクはおもちゃを放り投げると、じいじを探した。じいじはだいたい、あの椅子に暇そうに座ってる。じいじの足。とんとん。

「ほっほ。」

じいじはいつものように膝にのせてくれた。そういえば、さっき、じいじもピザやってなかった。

「ねえ、じいじはどう思う?ボクもじいじもいるのにさ、みんなだけでピザをやっちゃってさ。」

多分、ボクは「あうわう」としか声が出てなかったと思うんだけど、じいじはボクの目を見ながら、

「うんうん、ほほーう。なるほどな。」

って話を聞いてくれた。ボクはやっとほっとして、じいじにピタっとくっついた。どっくん、とっくん。じいじの音が聞こえる。じいじのにおい。あったかい。



そうしてじいじとふたりでうとうとしていたら、また違う音がした。

「ピンポーン!」
「はーい!」

ママが白い四角を抱えて戻ってきた。いい匂いがする。

「ピザだー!」

みんなが集まってきた。ボクは慌てた。

「じいじ、ピザだって!」

じいじは「あうわう」言ってるボクを抱っこして、みんなのところに連れて行ってくれた。

「じゃーん!」

ママが次々と白い四角を開けていく。そうすると…あ、さっき、みんなが押してた丸がある。今度は大きい!ボクは今度こそ丸を押そうと身を乗り出した。

「おっとっと。」

ボクはじいじの腕から落ちそうになった。

「じいじが、ヨシくんの分、もらってきてやっからな。」

じいじはボクをごはんの椅子に座らせてくれた。あれ?ピザって押すんじゃなくて食べるの?

「あら、珍しい、じいじも食べる?」
「まあ、ヨシくんと半分こして味見するよ。」
「ヨシにはチーズ少なめなところあげてね。」

じいじがボクのとなりに椅子を持ってきた。

「よっこらしょ、と。ほら、ヨシくん、ピザだぞ。」

これ、丸くないけど。でもじいじが言うなら、きっとこれはピザなんだ。ボクは黄色いところを押してみた。あちち。

「おっと、大丈夫か。」

じいじはピザを小さく切って、スプーンにのせて、何度もふーふーってしてから、ボクの口に入れてくれた。とろろろーん。

「じいじ、ピザ、おいっしーよ!」

ボクはピザのかけらをそぉっとつまんで、じいじのお口に入れてあげた。

「ほほーう、うまいな。」

ボクとじいじは顔を見合わせて、にんまりと笑った。



お腹がいっぱいになったころ、ママがやってきた。

「あら、じいじったら、ヨシにチーズのところ、食べさせちゃった?」
「いや、ちょっとだけさ。」

ママは、もー、と言いながらボクの顔とか手とかを拭いてくれた。ボクは眠たくてママに抱っこしててほしかったんだけど、すぐに床におろされちゃったんだ。

「うわーん!」

顔をくしゃくしゃにしてみたけど、ママは戻ってこなかった。

「よっこらしょ。」

じいじがボクを抱っこして、ふたりでいつもの椅子に戻った。じいじのにおい。あったかい。

「ママ、今日はお客さんで忙しいからな。」

ボクはじいじにピタっとくっついた。ボクの指、まだちょっとピザの味がする。どっくん、とっくん。じいじの音が聞こえる。どっくん、とっくん。



この音を聞くと、ボク、ほっとして眠たくなるんだ。



おしまい

photo by chin.gensai_yamamoto

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