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終○手記 #2

出発点

朝方から天気は冴えなかった。
なにぶん、明日で産まれて26年だ。流石に季節への諦めはついている。
令和6年6/24である本日は、
前例に漏れず見事に曇天の空だった。

運がないなと嘆く事も刹那、既に前日準備済みの荷物へと
洗面用具やら充電器を突っ込み家を出た。
何をやっても集中出来ず、上の空だった
この一,ニ週間を考えれば、
毎朝服用する持病の薬も忘れず鞄に詰める事ができていたのは上出来だ。
雲掛かっているのは今のところ
この世界だけらしい。

手元の端末では友人からのメッセージ
そして常に更新され続ける検閲済みのSNSが、
現状を細かく教えてくれる。
それら一つ一つに適切な言葉を紡ぎながら、目的地へと向かった。

とにかくあったのは解放と自由への渇望だ。
ハイウェイで通りすがる大型トラックが
たくましく風を巻き起こしていくなか、
煽られながらも目的地へと走る軽自動車は、全くもって
持ち主の強い意志力を体現しているかのようだった。

山中のトンネルを抜けていく最中、
ぽつりぽつりと空が泣き出した。
山の天気は変わりやすいと空元気を出すが
実際、せっかくの旅行を
すこし憂鬱にさせてしまう。

やがてかなりの降雨量になりはじめた。
ワイパーが突然の労働に、不満げな音を立てて忙しなく動く。
お前が久々の出勤を嫌がるように、
私だってせっかくの休日を晴れやかな空で過ごしたい。
気分が落ちる。
雨が好きだと言えるのは、いつだって濡れない場所だからだ。

目に優しい景色の奥、山々から噴き上がる
蒸気を眺めて風向きを考えた。
過ぎれば良いなと希望的観測で持ち直す。
やる事は結局、変わらないのだ。

そうしているうちに、本当に雨が明けた。
山道はどんどんと奥まっていくにつれ
道幅が狭まり、微かな疲労感と充実感を覚えていた。
徐々に雲が引いていく。ゆっくりと空が晴れていく。
スピーカーの音楽は既にお気に入りの歌ものナンバーを吐き終えて
軽快なジャズを口ずさんでいる。

私はずっと葛藤を抱えていた。
決意はしていた。
しかし着地点が見えていなかった。
鬱蒼と生い茂った山道は、その雨露の化粧で
余計に私の思考を鈍化させたかのように感じさせた。

そうして4時間、何食わぬ顔で車に乗って
疲れた身体を引っ提げていると
不意に視界が開けた。
そして次の瞬間、突如飛び込んできたのは


夕刻の青空に照らされた眩いばかりの大海だった。



それだけではない。その反対側には

微かな橙に輝く幻想的な山岳があったのだ。

逞しく聳え立つ木々と
雨粒に乱反射した太陽光が
キラキラと世界を彩っていた。
ある種妄想かと思うほど神秘的な景観は
確かにそこに存在した。

なんという幸運か。
あるいは神の思し召しなのか?
ちょうど山海で両手に花となる時分に、
太陽が顔をお出しになられたのだ。

蓋然性などいくらこじつけられようか。
それほどまでに強烈な日本の原風景だった。

向こう見ずな行動を、それでもやらなければならない。
そう確信めいたものを感じるには十分だ。

リアス式海岸となっているその地は
奥へ、奥へとその神秘性を増していく。
まるで誘われていくかのような感覚に襲われる。

「最高の景色じゃない」
エメラルドグリーンをバックにした横顔は
先程までの疲れなど吹き飛んだ様子で
そう言った。

私のパートナーは主体性が強く、心優しい人間だ。
そして時折、憂いを帯びた表情を見せる。
本人曰く、本来そちらが素なのだそうだ。
どちらにせよ、僕はそれが愛おしくて
堪らなかった。
ーーーだからこそ決断しなくてはいけなかった


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