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3、ありがちなおはなし
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に向かいました。
「で、川からすいかが流れてくるんだっけ」
「桃だよ」
田畠拓真がベッドに寝転がりながら、不抜けた声で言う。絵本から目を離さないまま鹿野伊月が呆れたように返す。
「上流に間抜けなキャンパーでもいたのかよ」
「そんな時期だよなあ」
「桃太郎ってそんな時期の話なの?」
拓真はベッドから身体を起こして本棚に手を伸ばす。読んでいた漫画を読み終わり、続きを手に取る。何度も読んでいるので内容を知っているはずなのに、また同じところで顔がにやついた。
「ほんと、邪魔ばっかしやがって。何も聞いてねえじゃんかよ」
伊月が絵本を閉じる。週末に母親が働いている近所の児童センターで行われる絵本の読み聞かせ会に参加する。初めは手伝いだと聞いていたのに、気がつけば自分自身も読み聞かせをしなければいけないことになった。参った伊月は簡単なものを、と桃太郎の絵本を借りてきたのはいいが読み聞かせなどしたことがない。やっとの思いで拓真に練習相手になって貰ったものの、先ほどのように余計な合いの手ばかり入れてくるのだ。
「聞いてるよ、伊月は声がいいからな」
「茶化してるだけだろ」
「いやいや、本心」と否定し、漫画のページをめくる。「ふは」と独特な笑い声をこぼして、伊月に尻をはたかれるとやっと漫画を枕元に置いて起き上がった。
「いや、だってさ。知ってる話だから真剣にきけなくて」
「お前が今読んでるのだって知ってる話じゃないの?」
伊月が漫画を指差す。中学生の頃にコツコツと買いそろえた漫画は、すでに二十回ほど読んでおりほぼ暗記しているので、伊月の言うとおりではある。
「なんだろうなあ、意外性がないからかな」
「桃から赤ちゃんが産まれるのはでっかい意外性だろ」
「慣れってこわいね」
桃太郎に慣れるというのはどういうことだ、と問い詰めたくなったがいちいち拓真の発言につっかかるのも面倒になってきたので溜息で吐き出した。
「あーあ、もういいか。今日は」
拓真の座るベッドに寄りかかる。頭だけベッドに乗せ、拓真を見上げれば驚いたような顔をしていたので思わず吹き出した。
「なんだよその顔」
「練習すると思ってた」
「やる気なくしちゃったよ、誰かさんのせいで」
意地悪く言えば「そうかよ」と言って、ベッドから立ち上がる。そのままドアに向かって歩く拓真を視線で追っていると急に振り返った。
「気分転換にコンビニ行こうぜ」
確かにそれもいいかもしれない。今練習を諦めたことで数日後の自分が泣くことになるかもしれないが、それも一種の賭けである。
「おう、今行く」
床に転がったままの桃太郎を机の上に置き直した。