【短編小説】staRtice
電車の遅延で到着が大幅に遅れてしまった。劇場に辿りついた時には公演の十分前だったというのに、数人のオタクが入口前にたむろしているのが見えてホッとする。
携帯のメールアプリを立ち上げる。QRコードの電子チケットを準備して顔を上げると、入口の近くに掲示してあるポスターからトライアングルスカイの名前が消されていることに気がついた。
「あの、今日トラスカの出番ありましたよね? 告知見てきたんですけど」
僕の問いかけに運営スタッフが申し訳なさそうに首を振った。複数のアイドルが出演する合同ライブ。そのトリをトラスカが務めるということで、この日のために気合を入れて仕事をこなしてきたのだ。開場前に談笑をしていると思っていた仲間たちは、僕と同じように係員を問い詰めている最中だったのだと気がついた。上から目線で詰め寄る様子はとてもみっともないとハッとする。彼女たちのファンがみな彼のようだと思われるのは嫌だなと思った。僕は「すいません」と頭を下げて、携帯の画面を閉じ会場に背を向けた。
いつでも取り出せるように持ち手を覗かせていたペンライトを鞄の奥にしまいこむ。現場などいつでもある。出番は次の機会までとっておこう。
メンバーである諸星あすかが死んだと知ったのは、それから数日後のことだった。
会場に向かう際に電車に轢かれ、損傷が激しく特定に時間がかかったのだという。公式SNSでの簡素な文面による発表。ほどなくして、ネット記事が量産され『誰?』『知らないな、コイツ』などといったコメントが付き始めたあたりでアプリケーションを閉じた。
どんな言葉を見ても信じられなかった。しかし、毎日複数回更新していた彼女のSNSがあの日から更新が止まっていることが真実であることを突き付けてくるのだ。
あすかは僕の星だった。
初めて見つけたたったひとりの推し。三人組アイドルの最年長で、誰よりもメンバーを気遣う。誰よりも彼女は美しかったが、ソロ曲以外でステージのセンターに立ったことがない女の子だった。彼女を大きなステージに立たせたかった。オタクの傲慢にすぎないが、それでも隅っこなんて存在しないくらい大きなステージで歌って踊る彼女を観たかった。そのためにライトを振ってきた。星が輝く前に消えてしまうなんて考えたこともなかった。
『銀河一輝くアイドルになるので、応援していてくださいね』
あすかの声を脳内で反芻する。すでに半分くらいその声も正しいものかわからない。記憶をなぞるようにCDをパソコンにセットする。打ち込みの電子音が流れ始めて曲が始まる。初めてあすかとチェキを撮ったのは、このシングルが販売されたころのことだ。これはよく覚えている。緊張で上手く笑えないでいる僕に『カメラ、慣れないですよね。私もなんです』と微笑んでくれた。この笑顔をもっと色んな人に知ってほしいと思った。
死んでしまったなんて嘘だ。
彼女は空に帰ってしまっただけなんじゃないだろうか。窓を開けて、夜空を見上げる。街の灯りが眩し過ぎる。星など見えそうにない。きらり、と視界の隅で何かが光ったような気がした。
「あすか!」
思わず窓から身を乗り出す。まっすぐ伸ばした手は、身体は空から遠ざかっていく。僕はそれでも手を伸ばし続けた。