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【連載小説 第22話】初対面の小学生女児から「お父さんと結婚して」と言われた35歳、無職。

●第22話 寿司はタダで食べられないと学んだ小学生


 ランボルギーニの運転席はもちろん小林。助手席は駿。後部座席に女子二人が乗り込んだ。

 車内は意外に賑やかで、駿は小林に「ランボルギーニ感動です!」ということを熱々と伝え、デロリアンの約束も取り付けていた。まつりと駿との関係を根掘り葉掘り聞くかと思われたまなみだったが、終始、真冬と雑談していた。真冬も顔や雰囲気がまつりと似ているまなみにすぐ親しみを持ち、おしゃべりが弾んだ。

 駿はコストコ前の歩道で降ろされ、真冬たちは隣のららぽーとへ向かった。

コストコの入り口までトコトコと歩き、駿はまつりの到着を待った。10分ほどすると、彼女が現れた。

「どうだった、ランボルギーニ」

「夢みたいだったよ。今度デロリアンに乗せてもらうんだぁ。倫太郎さんみたいな学校の先生がよかったなあ」

 駿も短時間の間に手懐けられたようだ。もしやららぽーとで真冬も? 悪人ではなさそうだが、人心掌握に長けたとんでもない義弟が誕生したと腕組みをするまつりだった。


◇◇◇◇◇


 一方のららぽーと組は、回転寿司に来ていた。3人はボックス席に通され、レーン側に真冬と小林、真冬の隣にまなみが座った。

 ロースはめちゃくちゃ金持ちだから大トロでもウニでも食っていいと言われた真冬は、言葉通りにいくら軍艦を口に放り込んだ。

 初手からいくらを食べられる贅沢。真冬は友達に自慢したいくらい、いやしようと思った。

 初対面だし、遠慮してかっぱ巻きやたまごを食べようかな。

 と一瞬は考えたが、小林にとって回転寿司はチロルチョコと同等のように思えた。滑らかな光沢と形の良い紺ジャケット、ピシッとしてた折り目にシワひとつないスラックス、のりの利いたYシャツの襟、輝く革靴、輝く七三、かっこいいロゴが入った厚手の名刺、福耳、ぴかぴかした血色顔、品良く出てるお腹、そしてクルマ……。庶民の証拠がない。

 お金持ちに遠慮して庶民な食事をする方が失礼だろう。そう結論付けた。まつりに続き、遠慮しないくていい場所をまた見つけた真冬であった。

 いくらを味わう真冬を、大げさなほどの笑顔で眺めていたまなみ。いくらを飲み下した直後に尋ねた。

「で、ふゆ子ちゃん。あの二人はどーいう関係なのかな?お姉さんに教えてくれる?」

 真冬はもう一つのいくらに手を伸ばしていたが、海苔の手前でぴたりと止まり、その手をひっこめた。

 ただより高いものはない。って、これか。

 と理解した真冬は真顔で「逆に、どう見えるか聞きたいです」と質問で返した。

「まだ恋人なんだろうけど、夫婦みたいだねえ」

「ふーん、そうですか」と、もうひとつのいくらを頬張る。もぐもぐと甘みのあるプチプチを味わう。食べ終えるとメニューを見始め、それ以上話さなかった。

 ガキなんか寿司とアイスでカンタンに釣れる。そう高を括っていたまなみの笑顔から「おもてなし」が消失し、真冬と真剣に向き合う。

「あんたはお母さんと呼んでるんだし、すでに家族みたいなもんなんだろう?」

 真冬はメニューから顔をあげ、まなみの瞳から感情を探る。姉の心配をしていることは明白。しかし、信一が最初に鉈を持ち出したように、宇那木家の現状を知ったら彼女も駿を怒るのだろうかと心配であった。さきほどのかっこいい蹴りがちらつく。

 まなみはカツカツと、ブーツのかかとを鳴らし始めた。

 小林はまなみの脳内をとっさに察知し「僕たちは、まつりさんのことが心配なんだ。幸せに暮らしているなら、そのことを教えてくれればいいよ」と、後光とゆるやかな笑顔とともに真冬に語り掛けた。

 福顔を向けられた真冬は、ゆっくりと口を開く。

「……表向きはジジツコンの他人。でも私とお母さんは親子だもん」

「それさっきも言ってたけど、どういう意味だい? 真冬ちゃんとまつりさんは仲良しだけど、駿君とまつりさんは仲良しじゃないの?」

 真冬はまつりとの出会い、そこからお母さんアルバイトを経て同居したことなど、これまでのことを二人に説明した。その間に、まなみは馬肉寿司を、小林は大トロを、真冬はほたてを注文し、食べながらゆるやかかつ詳細に話した。

「意味わかんねえ。つまり、ねえちゃんはまち針とはただの他人だけど……一緒に住んでるわけ?」

「表向きはそうなんだけど、お互いすうっごく大好きなの。毎晩のように2人で仲良く遊んでてさ」

 まなみはテーブルに深く肘をつき、真冬に迫る。

「毎晩て」

「アニメ見たりゲームしたり。お絵描きもしてるみたい。紙落ちてた」

「あ、あー」

「私が寝たと思って遊んでるんだよ。ずるい。私も夜遊びしたーい。けど邪魔しない」

「邪魔しない、偉いな」

「お父さんが心から『結婚して』って言えば、他人じゃなくなるし、二人ともそれを望んでるんじゃないかなあと思うんだけど」

「言えよまち針」

「言えないんだよ~まち針。お母さんが待ちの状態」 

「はあ? ××――」

「まなぴい、子供の前ではしたないよ」

 後光の差す困り顔で、小林はまなみをたしなめる。

「……分かった。ってかじれってえな。ラブコメの主人公か。あいつ年いくつ?」

「30」

 真冬は板さんに声をかけ、本マグロ大トロを注文した。ついでに小林もウニを頼んだ。

「あたしより年下か。ってまち針が19の時の子供なワケ? オトウサンワカイネ」

「本当は『おじさん』なの」

 とこれまた、真冬は自身の出自について解説し、まなみと小林は駿への印象ががらりと変わった。曲がって使い物にならない家庭用まち針かと思いきや、姉の子を一人で育ててきたという、デニムも通す強靭な極厚地針。ドラマのような感動ストーリーにまなみはピンクヒョウ柄ハンカチで目頭を押さえる。

「まじかよ。しかも、ふゆ子を守ったお姉さんの事故を目撃して……ごめん、まち針なんて」

「でもよく覚えてるね。5歳でしょ?」

「あ、この話はお父さんにしないでね。覚えてないと思ってるだろうし」と、本マグロ大トロを板さんから受け取る。

 覚えていると駿に語ったことはなかった。それも「遠慮」だったが、真冬はしっかりと、川越での出来事を記憶している。それが、真冬の体が覚えている唯一の、母の温もりでもあった。

「そろそろ新しい一歩を踏み出してほしいな~」と、本マグロ大トロをぱっくりと一口にいれた。ああ、お金持ちみたい~と感じながら。


◇◇◇◇◇


 コストコでの買い物を終えたまつりは、まなみに電話しようと斜め掛けバッグからスマホを取り出す。と、その妹からメッセージが届いていた。いくらを食べる真冬、一緒に中トロをほおばろうとしている真冬とまなみ、穴子を食べる真冬と小林……など、高級な寿司を楽しむ写真が10枚以上送られてきていた。その後の文章によると、彼らは昼飯を食べ終え、今は真冬に何か買ってやろうと店を見て回っているということだった。

「いやあ、悪いなあ、高級なお寿司ばかり……」

「倫太郎さんにお礼言わなきゃ」

「うん」

 荷物を車に乗せ、ららぽーとの駐車場へと車を向けた。すでに満車状態の立体駐車場を上へと進み、運よく、3Fの駐車場に止めることができた。が、その隣はランボルギーニだった。

 駐車場側から店内に入ると、すぐ左手にメガネ店があった。駿はいつぞや、まつりに「メガネが似合う」と言われたことをかちりと思い出した。

「まつりさん、ご飯のあとでメガネ選んで」

「いいよ。そのメガネ古いの?」

「そんな感じ」

 彼女が気に入ったものを手に入れていけば、このみへの気持ちが整理できるんじゃないか。そんな若干、不純な動機だった。


◇◇◇◇◇


「あっれ、ねえちゃんと駿ちゃんじゃね?」

 真冬はかわちいの30センチほどのぬいぐるみを抱え、小林がガールズ服や雑貨などの入った紙袋を両手に下げて店内を歩いていたところ、手ぶらのまなみが、メガネ店にいる2人を発見した。

「お父さんがメガネ選んでもらってるのかな?」

「あれは……誰も他人だとは思わないな。なんだかんだ言って、駿君とまつりさんって『仲良し』なんだね」

「毎晩遊んでるもん」

 まなみはスマホのカメラでかしゃり、と2人の様子を撮影し、真冬と小林をメガネ屋からは見えない位置に誘導した。そして姉に電話を掛けた。

「あ、ねえちゃん? 今何してんの? うん……じゃあ会計したらスタバ来てよ。うん、じゃ。ってことで、二人、スタバいくよ」

 3人が店外へ続く休日のスタバ行列に並び、そろそろ注文の順番が回ってくる……というところで、まつりと駿が合流した、と同時にまなみが駿の腕をがちっとホールドし「駿様ちゃんちょっと借りるから、3人で飲んでて」と、強引に引きずっていった。

「ええ、ちょっと」

「大丈夫ですよ、まつりさん」

「だって」

 小林の背後に金色の光が差し始める。

「まなみさんはお姉さん思いの良い人ですから」

 ワケは分からないけれど、まつりはその言葉に安心し「分かりました」と答えていた。

「真冬ちゃん、決まった?」

 真冬は店員から配られたメニュー表を手に「ゼンクラウドウーロンティーラテアーモンドミルク変更ティーバッグ増量ホワイトモカシロップ追加トールサイズ」

「まつりさんは?」

「私もいいんですかあ?」

「遠慮せず」

 まつりは真冬が持つメニューに手を添え、「キャラメルマキアートエスプレッソショット追加豆乳変更チョコソース追加ショートサイズにしようかなあ」

「ショートでいいの? きっと二人、しばらく帰ってこないよ」

「運動不足なんで、ちょっと控えめに」

 ならばブラックコーヒーを注文すべきだが、どうしても甘みを欲してしまう。せめてものショートサイズなのであった。

「了解」

 小林は二人の注文を一字一句間違えずに店員に伝え、自身はカスタマイズ無しの抹茶ティーラテトールを注文した。会計はカード決済。まつりがちらと見たところ、いい色のカードであった。

 二人用テーブルを2つくっつけて三人は腰かけ、小林の歯科医院に来る面白トンデモ患者話や、有名人の話で盛り上がった。

「IBUKIって倫太郎おじさんの患者さんなんだ」

「そうだよ。とってもおバ、じゃなくて気さくでさあ」

「おじさんって」

「お母さんの妹の旦那さんはおじさん」

「……」

「すっかりお母さんですね、まつりさん」

「あはは、結婚すらしたことないのに」

「親になれるかどうかって、『血の繋がり』じゃないのかもしれませんね」

 そこでふと、まつりはこのみの話を思い返した。

 このみは最後には母親になれた、と言える。娘への愛情は心のどこかに眠っていて、危険を感じてやっとそれが飛び起きた。

 あの事故がなければ、彼女は母親になれなかったのだろうか。それとも、生きていれば時間をかけて、真冬と母娘関係を育めたのだろうか。故人ではあるが、その尊い時間を自分が奪っているような感触を持つ。本来であれば、今、真冬の隣にいるべきはこのみが正解で、自分は間違いではないかと。

「関係ない関係ない。お父さんと私も血なんて繋がってないけど、仲良し親子」

「え?駿君は真冬ちゃんのお母さんの弟だから、つながってるって言えるよ」

 真冬は首を振り「生んでくれたお母さんとお父さん、血繋がってないもん」と、ゼンクラウドウーロンティーラテを口に含む。

 小林はまつりを見た。

 まつりは瞬きもせず、真冬をみつめ「……どういうこと?」

 真冬は液体をごくんと飲み込み、「あのね」

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