【小説】神社の娘(第35話 桜、妹のせいで辛くなる)

「まもりさんに関する物…やっぱり蔵かな?」 

 桜は家族に気取られないよう、春休み第1日目からまもりの痕跡探しを始めた。宿題と多少の登校、お稽古ごとなどはあるが、それ以外は時間たっぷりだ。

 一宮家はその昔、この地域では「領主様より藩主様より将軍様よりお伝え様」と言われるほどに敬われ、権力を持っていたという。その名残か、今も一宮家の敷地は広大である。居住部分だけで200坪以上、庭等その他で3万坪以上だ。神社部分はさらなる広さを誇る。

 母屋の敷地内には、山との境目に蔵がある。一般的な地方の戸建て住宅よりも大きく立派で、白壁は歴史を感じさせる古さを持つが、瓦は数年前に葺き替えたばかりでつやがある。

 久しぶりに中に入った桜は、「こんな広くて物があるんだっけ?一人で…何年かかるかしら」あまりの広さと物の多さに怯んだ。

 そうはいっても悩む暇はない。とりあえず体を動かし始めたが、美術品や神社に関する貴重品も多く、壊したりしないよう気を遣う作業だった。

 開始して1時間ほど経ったところで、「あれ?まもりさんに関する物ってどうすればわかるんだろう?」疑問がわいた。例えばまもりの着物があったとしても、一宮家にも昔からの着物が多く所蔵されており、見分けることができるか自信がない。

「これはまもりさんのだって一発で分かる方法…」桜の頭にあの模様が浮かんだ。「お守りだ!」

 八神に関する物にはよく書かれているお守り。橘平も癖で自身の持ちものによく書いてしまうと話していたことから、まもりもそうである可能性はある。

 桜はあの模様を求めて、また発掘調査を開始した。

 休憩のために一旦、蔵を出ることにした。誰にも見つからないよう、扉を少しだけ開き、周りを窺いながらゆっくりと扉を開ける。

 誰もいないことを確認して蔵を出た。

「なにしてるの」

 すると数歩も歩かないうちに、妹の椿に遭遇した。心臓は早鐘を打つが、悟られぬよう、ゆっくりと話す。

「椿こそ何でここに居るのよ、お姉さんたちと遊んでたんじゃないの?」

 桜に向日葵と葵がいるように、椿にも守役の子供たちがいる。春休みということもあり、今日は朝から椿の面倒を見ているはずなのだ。

「あのこたちばっかりであきた」

「とってもいい子たちじゃない。飽きたなんて失礼よ」

「…つばきもひまちゃんとあおいくんがいいなあ…」口をとがらせ、両手を後ろに組み、乾いた土をざりざりと靴でこする。

 あの二人は桜のために尽くしてくれてきた、素晴らしい守役だ。椿もそれを感じ取っているのだろう。

 向日葵と葵は素晴らしすぎる。だからこそ、桜から解放せねばならないのだ。

 桜は椿の手を握り、無言で母屋に戻っていった。

 

 初回の蔵探しでは、それらしいもの、手掛かりになりそうなものは見つからなかった。そうそう簡単に見つからないことは、桜も想定の範囲内である。

 それよりも明日はプラモ作りの続きである。きっと楽しい工作に違いないと想像しながら、桜は布団を敷いた。

「楽しみだなあ……」

 電気を消し、眠りについた。

 明日が楽しみ。そんな気持ちを味わえたのは橘平に出会ってからだった。

◇◇◇◇◇

 母は神社の仕事に村の付き合い、その他いろいろと忙しいため、桜はなるべく、自分の朝食は自分で用意している。

 本日はこれからプラモデル作りということもあり、無意識ににやけながらスクランブルエッグを作っていた。

「ごめん桜」母のかおりが台所に顔を出す。「椿が熱出しちゃって。私、今日は神社の方で手が離せないのよ。看病してくれないかしら」

「え…お守りの子に任せないの?」

 実を言えば、椿の守役の子たちに頼んでもいいのだ。桜と菊の時はそうしていた。

 ただ椿が桜のようには守役の子たちに懐かない。一度、椿の看病を頼んだことがあるけれど、椿を放って遊んでいたことがあった。彼らも小学生なので仕方ないが、向日葵と葵は子供のころから一切、そんなことはせずに双子の面倒をみていた。あの二人が念頭にあるかおりは、椿の守役たちが頼りなく、そして物足りなかった。

 そうなると、姉である桜に頼むほうが一番安心で安全なのだった。 

「いろいろあって今日頼めないの。お願い、お姉ちゃんでしょ?」

 お姉ちゃんでしょ。

 その言葉が桜は大嫌いだった。母はすぐその言葉を発し、どんなことでも、その一言で自分は片付けられ、椿が優先される。

 椿が生まれるまで、家でも外でも妹だった。今でも、向日葵と葵の前では妹感覚。でも家に帰れば姉。そのギャップに耐えられない時があった。

 母が忙しいのは分かっている。断りはしないけれど、その気持ちが顔に滲み出る。

「…わかったよ」

「ありがとう」娘の顔もろくに見ず、かおりは台所から去る。


 泣きたい。

 

 本当に残念で悔しくて

 仕方なかったが、桜は橘平にキャンセルの電話をした。

 プラモ作りはさらに延期された。

◇◇◇◇◇

 桜は朝一で母とともに、椿を三宮診療所に連れて行った。

 診察してくれたのは葵の父、桐人だ。

「大したことないですよ。寝ていればよくなります」そう診断され、そのまま帰宅した。

 

 桜は小さな布団の隣で三角座りをし、眠っている妹を眺めていた。

 じわじわと涙がこみ上げてきたが、メガネを軽く指で押し上げそのまま拭きとった。

 それでも涙は次々と生まれる。

 遊びの約束が、妹のせいで台無しになった。椿を恨む気持ちが胸いっぱいに広がり、ふき取ってもふき取っても涙はこみ上げてくる。友人と遊んだことのない桜は、初めての暗い気持ちを味わっていた。

 元々、桜は自身の妹の座を奪った椿を「可愛い」とは思っていない。今日の出来事でよりその気持ちは強くなる。

 椿は熱で頬が赤く、呼吸も少し苦しそうである。桜はその姿をみつめ続けた。

 次第に涙はなりを潜め、妹に対して別の感情が生まれてきた。

「…可哀そうな子」

 桜は呟き、自身も横になって椿の腹のあたりに手を置いた。

 椿は菊が亡くなってから生まれた。

 理由は明確。跡取り候補が一人では心もとないからだ。

 桜にもしものことがあったらという、代わりの子。世の中の仕組みを知らない小さい物体は、生まれた時から代替品でしかない。

「私が死んだら、次は椿が跡継ぎにさせられて。椿や他の人たちが家の、村の…犠牲になるんだろうなあ…」

 椿のことは好きではないけれど、妹や、妹が跡継ぎになることで犠牲になるかもしれない人たちがいる。

 そのことに思いを巡らす桜。

 結局行きつくのは「なゐ」を消滅させ、村の人たちが自分を生きられる世界にすること。それがすべてにおいて最善であると。

「一生私の代わりなんて可哀そうだもんな」

 妹の頬をぷにとつつく。椿の口がもごっと動いた。

「ごめんね。私、あなたのこと可哀そうとしか思えないの。でも、この呪いは私が終わりにするよ……」そう呟き、胸のあたりをとんとん優しく叩く。「姉としてできることは、それしかないから」頭を撫でた。

 これも、向日葵がしてくれたことである。

 しばらく椿の隣で横になっていたが、畳に投げ出していた桜のスマホがぶぶっと振動した。

 直感だが、橘平からではないかと感じ、急いで手に取る。予想通り、橘平からメッセージが届いていた。

〈妹さん、大丈夫?〉

 桜は橘平のメッセージに心が少し軽くなった。それと同時に、いつでも優しい橘平の前でも妹感覚になっているのでは、とふと感じた。

〈うん、大したことないって。橘平さん、何してる?〉

〈宿題やっつけてる。もう今日中に終わらせようかと思ってる〉

〈あ、そっか。私も宿題やっちゃお!!看病しながらできる!!〉

 宿題をしつつ、橘平とメッセージをやりとりしつつ、その日は過ぎていった。妹の看病は楽しくなかったけれど、橘平とのたわいのない会話に救われた桜だった。

 

 椿の熱は、次の日の朝にはすっかり下がっていた。


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