見出し画像

ポケモンキッズと旅する 第59回 ハピナス|岐阜県大垣市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第五十九回、ハピナスと大垣です。

大垣城は遠くに伊吹山を望み、近くには水路が縦横に走る様子が見て取れます。

城主が頻繫に交代し、関ヶ原の戦いのときに石田三成が本拠地としていたとか。

1635年に戸田氏鉄が入城してからは、そのまま幕末まで戸田氏が城主を務めました。

現在の天守閣は1959年に再建されたものですが、その姿は往時の威容を偲ばせます。

大垣城の特徴の一つは、その堀/水路にあります。

大垣城は美濃平野の北西部に位置し、比較的平坦な地形に築かれています。

その立地は、丘ではないため高さを活かした防御面の優位性がなく、一見すると防御に不利な場所にあるように思われます。

現代の地図で大垣城を見ると、水路は川幅が狭いため天然の堀として使えそうなものではなく、また特に人工的な堀で囲まれているようには見えません。

しかし、古地図によれば、かつての大垣城は自噴泉を利用した三重~四重もの水堀で囲まれていました。

掘ると水を汲み上げることができる井戸ではなく、掘ると自然と水が湧き出る自噴泉ですから、水を用いたアドバンテージは大きなものです。

大垣城周辺に豊富な自噴泉が多く存在するのは、この地域特有の地質構造によるものです。

濃尾平野の地下には、傾斜した複数の礫層があり、これらが地下水を含んだ帯水層として機能しています。

木曽三川、特に揖斐川から涵養(主に降水や河川水などの地表水が地下に浸透し、帯水層に水が供給されること)された地下水が、この地層構造により大垣地域で自然に湧き出す仕組みとなっています。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。