見出し画像

ある日

女性が、男性から花束をもらって嬉しいのは、もらった花が美しいから、だけが理由ではないと思う。自分が男性から、「花を贈るのにふさわしい可憐な存在」だと扱われた、という気がして嬉しいのだ。

女性が男性から花をもらう機会は、どんなときだろう。
誕生日、クリスマス、結婚記念日、などのイベントごとは定番か。プロポーズに気合を入れた花束を用意する人もいると聞く。
日常のなんでもないときに、花を贈るような、花贈りの上級者は、日本では稀な存在だろう。

夫が、決まって花束を買ってくるイベントがある。それは、誕生日でも、クリスマスでも、記念日でもない。私の最終出勤日だ。
私は複数回、転職を繰り返している。その最終出勤日に帰宅した夜、自宅で花束をもらうことになる。

たいてい、勤務先からも花束をもらって帰るのだけれども、夫からの花束もそこに並ぶ。

夫は就職して以来、一度も職場を変えていない。一方私は、転職歴4回、その度に夫が花束をくれた。
私の転職劇は、夫と出会った後から、始まった。最初の2回は、夫になる前、彼氏のときだった。結果、夫は、私の最終出勤日を全て見届けてくれた人になっている。

二人の記念日にじゃなく、なぜ、最終出勤日に?
なんだか会社の人みたい、せっかくなら記念日にもらってみたい、とも思ったけれども、転職を繰り替えしていくうちに、夫からの花束になんだか、ほっとするようになった。

5社目も退職して、転勤になった夫についていった。現在専業主婦。
就職しない限りは、もう、夫から花をもらうこともないのかもしれない、なんて思っていた頃。

夫がリボンをかけた赤い一輪の薔薇を持って帰ってきた。
私は、ハンバーグをこねていたボウルに右手をつっこんだまま、体の半分は、キッチンに向いた状態で左手で雑に受け取った。
右手に生肉、左手に赤い薔薇。

10回目の結婚記念日だった。初めての記念日の花。
ああ、なんというふいうち!
両手で受け取って、ハグでもするべき場面では?特別なことをする予定もなかったから、いつも通りの夕食を用意してしまったよ。

その日は、ごはんにお味噌汁、ハンバーグとサラダという普通の夕食をテレビを観ながら、ロクに会話もせずに食べた。

私はいつも通りのそぶりを見せながらも、
明日にでも、一輪ざしを買ってこよう。どこのお店に買いに行こう?
いつまでも忘れぬように、写真に残しておこう、と静かに心を踊らせながら、眠りについた。

ところが翌朝、謎の吐き気と頭痛に襲われた。昨夜の食べ物に何かあたったのだろうか。同じ物を食べた夫は大丈夫そうだけれども。。。結局丸二日、寝込むことになってしまった。

ようやく、起き上がれるようになって、テーブルを見ると、花瓶にも入れられず、しおれてしまった薔薇の姿がそこにあった。
ああ、どうしてこんなタイミングで私は寝込んでしまったのか。。。

甘い言葉も視線もないまま、テレビに向かって食べた夕食。テレビから流れるバラエティ番組の笑い声。洋食なのか和食なのかよくわからないよくある献立。体調不良。

ごちゃごちゃとした日常の中に、ふと現れた赤い薔薇は確かに美しかった。確かに嬉しかった。あっという間に枯らしてしまったけれど。

この先、夫が転職をするのか、リタイアするまで同じ会社に勤め続けるのかはわからないが、夫の最終出勤日には、何か特別なことをしたい。大きな花束を贈ってみようかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?