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山で思い出す人のこと
私は山登りが好きだと思う。冬山と単独登山は体力的にも精神的にも自信がなく、挑戦したことこそないものの、やっぱりいつかは、、とどこかで思っている自分もいる。
大学時代は、サークルというサークルには所属せず、アルバイトに注力していたから(もっと勉学に注力すべきだったのでは、というご指摘は受け入れます)、貯まったバイト代で登山靴を購入した。
新しい登山靴をおろしたのは、2020年の夏で霧ヶ峰に登る時だった。青々とした広い草原をイメージして楽しみにしていたのに、あいにくの天気で景色はずっと真っ白だったのが、今ではいい思い出だ。そのとき私の前を歩いていたのは、同じ大学の先輩で、スポーツ施設でアルバイトをするほどの体力・筋力を持った人で、当時の私の恋人で、そのあと幾度か一緒に山に登ったりして、そして恋人が先に大学を卒業し、環境が変わり、案外あっさりと別れた。
長く付き合ったその人と別れたあと、私はもともとバイトと授業で空けがちだった部屋を、さらに空けるようになった。心に開いた穴を埋めるように、予定をたくさん詰め込んで。よく顔を合わせるようになったのが、口の達者な同学年の男で、さも当然という流れで私たちは付き合うこととなり、でもこの人とは一度も山には登らなかった。お互いに、相手よりも自分のことの方がよっぽど大事だったのだな、と今になって思う。彼は、私が山に登ることを知ってもついてこようとはしなかったし、私も、彼が合コンに行くことを知っていても何も言わなかった。会っている時だけ楽しければよくて、辛かったことや悲しかったことを聞いてもらおうとも思わなかった。そうして別れた。
そんな時期に、よく一緒に山に登っていた人のことを、私は数年経った今でも、山に行くといつも思い出すのだった。大学1年のときに同じ学生寮に住んでいて、狭いコミュニティだったから、お互いの(元)恋人のことまで知っていた。行動力と元気があり、煙草は吸わず、楽しいことに貪欲で、笑顔のさわやかな人だった。人生で初めて、山頂でカップラーメンを食べるという経験や、道無き道に出てしまい、ひやっとする経験をさせてもらった。山の帰りの車に揺られて、爆睡してしまう私に嫌な顔ひとつ見せず、家まで送り届けてくれ、また行こうと言ってくれた。私はこれからも、このまま2人で色んな山に登ることができたら、どんなに楽しくて幸せだろうと想像した。 でも同時に、私はこんな素敵な人を独り占めしていていいんだろうか、という考えが浮かび、それからは2人で会うことはなくなり、助手席に乗ることもなくなったのだった。
それから何度か友達を交えて山に登ったり、夏に川で遊んだりしたけれど、お互いに就職したり別の恋人ができたりして、だんだん連絡も取らなくなり今日にいたっている。唯一お互いのSNSはフォローしていて、時々更新される投稿を目にする程度のつながりだけが残った。相変わらずアクティブで自由で楽しそうな彼の投稿を見て、こんなことにも挑戦しているのか、と驚きながらやっぱりこれでよかった、と安心するのだ。
色んな人と山に登ったけれど、思い出すのはいつもこの人のことだ。そこに恋情は一切なく、少しのなつかしさと、今もこの先もどこかで元気でいてほしいなぁという、応援に近い気持ちだけが胸の奥でぼんやりと光っているのだ。この光はきっと、私が今も山に惹き付けられる沢山の理由のひとつになっているのだと思う。
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