恵比寿から軽井沢へ(後編)
軽井沢初心者
僕とアイコ先生、二人で軽井沢を訪れるのは、これが2度目である。前回軽井沢に行ったのは、1年前の夏のこと、涼を求めて、東京を暑い盛りのお昼に出発したものだから、軽井沢に着いたのは、もう夕暮れ時、賢明なみなさんお察しのとおり、ほとんどの店は閉まっていた。
霧の三笠通りに閉店間際のカフェをやっと見つけて、お茶を飲み、そのあと峠の見晴台にいったものの、さらに濃い霧でなんにも見えず、その日のうちに東京に帰った。それでも「涼しかったねえ」と、そこそこに満足はした。
道、あってる?
1年ぶり、2度目の軽井沢、Google先生の案内にしたがっていたら、碓氷軽井沢インターを出て、やたらと狭く曲がりくねった「羊腸の小径※」へと入った。「軽井沢ってこんなに行きにくかったかなあ」と、いぶかりながら走ることしばし、広い道に出たとたん、ゆるやかな下り坂になって、さっきまで、ぎゅわんぎゅわんうなっていた2CV(ポンコツ)がフワリフワリとすべるように走り出した。♪かくこそありけれ近時のますらお♪ いや、それは箱根の歌だ。
不動産屋との約束まで、まだ時間がある。動作は緩慢だけど、気持ちだけは、せっかちな僕たちは、外見だけでもと、先に目星の物件を見に行くことにした。
Googleストリートビューで場所は確認済み。目的地は新軽井沢の信号から国道18号を西にずーっと行って、ちょっと入ったところにある。
お化け屋敷?
あった。しかし、僕たちだけで勝手に敷地に入るわけにもいかないから、物件のまわりをぐるりと見分してみたのだが、庭の草木が伸び放題になっていて、家屋の様子は、ほとんど見えない。おそらく、前に住んでいたひとが退去してから、ずいぶんと経っているのだろう。「やーい、おまえんち、おっばけやーしきー!」と、カンタにからかわれそうな物件だ。
その後、不動産屋の担当者に案内してもらって、いよいよ内見。笹をかきわけ、ドウダンツツジの枝にしばかれながら、玄関にたどり着き、中を見てみたら、内装はリフォームしてあって、案外綺麗だ。担当者が雨戸をガタガタとあけると、ぱーっと光が差し込んできて、すべての窓のむこうに緑が見える。なんだか住み心地がすごく良さそうだ。窓が二重サッシになっているというのもポイントが高い。寒いところには住んでみたいのだが、寒い部屋は、やっぱりイヤなのだ。
肝心の家賃は、駐車場を含めて考えると、今住んでいる恵比寿の家の半分になる。敷地の広さは3倍ほど、建屋の広さだって1.5倍にはなる。車は、がんばれば、敷地内に5台くらいは停められるんじゃないだろうか。
最寄り駅は、しなの鉄道で軽井沢から2つめの「信濃追分」、そこから家まで歩いて15分ほど、コンビニもガソリンスタンドも定食屋も近くにある。これ、いいんじゃないだろうか。不動産屋に「お返事はすぐにします」と伝えて、僕たちは東京への帰路についた。
検討会
恵比寿に戻って、移住候補に上がっていた那須や清里や御殿場やらの物件情報をながめながら、ふたりで一応、比較検討をしてみた。車なら都内から御殿場は高速で1時間ちょっと、だけど、電車での便がわるい。那須は軽井沢よりは、やっぱり遠い。そうそう、清里はどうだろう、交通の便はよさそうだし、今日の気温を調べてみたら、明らかに軽井沢より寒い。梅雨の時期だからだろうか、7〜8度くらい違う。車の便と「さわやか」で考えるなら御殿場、寒さなら清里、バランスのよさで考えるなら軽井沢といったところだろうか。
でも、僕たちふたりは、なんとなく、お互いの気持ちがわかっていた。「軽井沢だ!」
決断
「御殿場とか清里とかにも行ってみる?」「いいんじゃない? もう軽井沢申し込んじゃおうよ。御殿場には今度、ハンバーグが食べたくなったら、そのときにでも行こうよ」
今の家の退去日は、7月いっぱいと決めた。駐車場も解約しなきゃ。ふたりで、のぞき込んでいたMacBookの画面は、不動産物件情報サイトから、引っ越し業者比較サイトに変わっていた。
6月、梅雨どき、ジメジメとした恵比寿の家にいながら、僕たちの心は、軽井沢の緑の中へ、もうすでにお引っ越ししてしまっていた。
つづく
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