大事なのは原体験じゃなくて何かを選ぶ覚悟
ちょっと前から少しずつ「独学大全」を読んでいる。卒論を書いていた頃に、この本の著者である「読書猿」さんのブログに出会い、時々読んでいたのを思い出す。(そういう出会いをしたときの常のごとく、わたしはブログを読むことに集中してしまい本題の卒論はボロボロでした)
めっちゃ分厚いんだけど、ひとまず出だしから読み進めた。最初の章は「なぜ学ぶのか」ということについてじっくり説明されている。独学の対象について、なぜ学ぶに至ったのかのストーリーを作るということが大事だそう。学ぶに至ったストーリーを作ることについて説明されている箇所を読み、思い当たることがあったのでメモ。
わたしは大学生の頃に学生団体に所属していて、毎年一度自分について振り返る機会があった。学生団体なので毎年トップが入れ替わり、トップは所属メンバーの投票で選ばれる。その投票がまどろっこしく、人気投票や雰囲気で流されることを防ぐためか、投票側も自分の立場を明らかにするために、価値観を文章に残させられるのである。で、その文章提出を求められるたびに「私は人生に原体験がないな」と悩んでいた(し、今も悩んでいる)。原体験になるような大きな出来事に触れていたら、それをきっかけにして自分の価値観が明らかになるのに、その価値観をもとに人生の針路を選べるのに(でもそんな体験は私にはないので、何も選べない)と大学生の頃から今まで思っていた。最近も、仕事でやらなきゃいけないことがあるのに頑張れなくて、「仕事に向けて頑張れないのは、きっと自分は人生で使命を感じられるような出来事に出会っていないからなんだ」って思っていた。
私とほぼ同世代で、面白い文章を書くライターの方がいる。時々文章を見かけていたものの、ふと思い立って有料マガジンを最近購入してみたら、昔書かれたnoteの文章に出会った。ご家族やご自身がきっかけで起こるいろんな出来事を、この人の目と言葉を通して知ることは私にとって世界を広げてくれるので、この人の文章はずっと読んでいたい。様々な文章で少しずつ説明されている、この人の人生における大きな出来事はハードモードなことだらけで、そりゃこんなタフ(?)な方になるよね、と今まで思っていた。でもそのnoteを読んで、「大変な出来事をたくさん経験した」から文章が面白いんじゃなくて、「大変な出来事をユーモアを添えて紹介している」からこの人の文章は面白いんだと気付かされた。単に出会った出来事を述べるだけなら、恨み辛みみたいな書き方もできるけど、愛を添えて述べるということは本人が選んだことの結果なんだと思ったのです。(他人の人生のことを勝手にどうこう言ってすみません。)
そんなことを思って寝た昨晩、朝起きて読書大全を読んで気づいたこと。「原体験があるから人生の針路を選べる」んじゃなくて、「人生で出会った出来事のうち、これをもとに生きていこうと決めた」から、その出来事が原体験になるんだろう。もしかしたら1人でフラッと海外旅行をしたことが原体験になるかもしれないし、近くの魚屋さんで美味しいブリの刺身を買ったことが原体験になるかもしれない。原体験になるものはいろんなところに転がっていて、大事なのは、それを原体験として生きていくという選択、決断をすることなのではないか。原体験がないのは、私の人生に波風がないからではなく、その波風を感じること・波風から何かを選び取る勇気がないからと言い換えられるからなのかも、という思いに至った。何かを選ぶなら自分が好きなものを選びたいなと思うので、人の言いなりになることで眠っている私の感性を起こすべくnoteに残してみました。
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