素晴らしい一歩へ
2020年2月1日。
雪のない冬の函館の朝。
ホテルショコラ函館での、最後の朝。
いつものたっぷりあさごはん
好みの炊きかげんの白いごはん、 ふっくりんこの納豆、ハラス、 きんぴらごぼう、イカの煮物、 お漬物、たまごやき、イカソーメンにお吸い物……
さらに、洋食で出される ノイフランクのソーセージとスクランブルエッグもいただいてしまった。
ごちそうさまのあとのお茶時間をゆっくり過ごしただいぶあと、厨房のスタッフの方々のところへ顔を出してご挨拶をする。
テーブル席のほうを振り返ると、Aさんが醤油や塩、コショウのびんを伏せていた。
「ついいつもどおりにやって、やらなきゃと思ったけど、そうか、もう入れしなくていいのかと……」
ぽそりと。
塩、コショウが入れられて口の閉まったビニール袋が、たしかに隅に置いてあった。
純然たる事実。
最後の日、というのは、こういうことなのだ。
ロビーで新聞を読む。
朝刊はあるけど、夕刊はこない。
前日夕刊を配達に来てくれていたおばちゃんに、声をかけていたことを思い出す。
そうだ、今日はもう夕刊は必要ない。
お昼は向かいの丸南からの出前をみんなでいただく。
わたしは初の「ラーメンもり」(そばつゆで食べるラーメン)を試してみた。
これにはコショウがいいんだよという話を聞くも、コショウは先ほどすべて処分されていたのであった。
これまた、最後の日のちいさな一コマ同士、リンクする。
「営業が終了した今となっては、(スタッフとの関係は) もはや上司と部下ではない」
「(我々のような宿泊客とは)お客という関係でもない」
などと軽口をたたいていた飯野支配人であったが、すぐに、
「そうは言ってみたものの、いや、これ、難しいねえ!」
そうね。そんなに簡単に切り替えられはしないものなのだろうね。
午後、レストランフロアには、清掃スタッフ・管財スタッフなど関係者の皆々様が集まって解散セレモニー(?)が行われた。
雰囲気を感じ取りながら、下のロビーでなんとなく想像するのみだったけれども、 しんみりしてくる。
皆さんとの別れが近づくことを意識するからか。
その後は、さらにロビーで最後に支配人からスタッフへの感謝状授与式(?)が執り行われる。
うっかりもらい泣きしてしまいそうだった。
すばらしきチーム・ショコラ、いや、チーム・飯野、かな?
「飯野支配人、しゃちょー、貴女様、大変素晴らしい」
きっとこの場にいたら――いや、あとで報告したときにも、 大先輩はそんなふうに言うだろう。
報告しなくちゃ。
こちらは支配人へスタッフからのプレゼント。外したバッジとともに。
引き渡しまでの後片付けがあるから、スタッフの皆さんがここに 「出勤」するのは今日が最後ではないが、「ホテルのスタッフ」 としての勤めはたしかに終わったのだ。
挨拶をかわして、スタッフがひとりずつ去っていく……。
そんな様子を見ながら、わたしは最終便だったため、ずうずうしくぎりぎりまでいさせてもらった。
「17時で閉める」と言われて、ああ、そうかとあらためて意識する。
もうこのあとは、チェックインするお客様はいない。
事務室のあちこちをなんとなく見回して、記録写真ともいえない写真を撮っておく。
夜中に支配人と一緒に床を貼った休憩室ともお別れ。
「牛乳頼んだ?」という札がかかっていたドア。
もう宿泊数が更新されないカレンダーボード。
……。
……。
……。
Nさんが暖房のことを確認していた。
なるほど、館内の空調は完全にシャットダウンしないのだね。
建物も生きているからか。
だれもいない。
だれもいない。
けど、静かに息をしている建物。
シーツがぴん、ときれいに整えられている部屋に、静かにエアコンの音――という光景が思い浮かぶ。
でも、だれもいない、だれも来ない。
わたしがドアを出たら施錠するという。
正面玄関最後を出る最後のお客、という栄誉をいただき、ようやく重い腰を上げて辞去した。
13年間、とくに飯野支配人&Nさん、
ほんとうにありがとうございました。
すばらしいお見送り!
支配人、Nさん、Aさんに見送られる。
今日のお別れは、それでも「別れ」ではない。
ただ、お客とホテルスタッフとの関係が終わっただけのこと。
そう信じている。
なので、「またね」と手を振って歩き出す。
駅の方向に曲がってから一度だけ、建物を振り返る。
さようなら。
わたしの知っているショコラは、今日で終わる。
ありがとう。
しゃちょー。
支配人としてのお勤め、おつかれさまでした。
※1日目の記録はこちら ↓↓
※2020年2月にFacebookノートにつづったものの再掲