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【リー指】時間と空間と不純な理性批判【夢小説】

超刻機体になり、時間についての本を探すリーはある問題にぶち当たった。時間と空間について書かれた書物の多くは哲学書が多く、黄金時代以前となればリーが頼れる「図書館」は1つしかない。
リーが護衛のお題目の元、大真面目なハセン議長と察した様子のニヤニヤ顔のセリカの前で、三重プロテクトまでついて許可されたグレイレイヴン指揮官の私的居住室にある。
「カントの純粋理性批判をやるのか?頭が宇宙の果てのレストランに転送されるぞリー……いきなりカントの空間と時間から入るのは、私にウェイポイント・ナビなしで目標に行けと言うのと同じだよ?」
にんまり笑う「図書館」こそ、リーの指揮官だ。指揮官は上流階級の人、未だ過去の亡霊を復活させたい「貴族」の一人で本来ならば戦場に無縁の人だ。そして指揮官が不本意ながら属する「貴族」達は独自に蒐集、保存した黄金時代以前の書物を大量に「ハウスレコード」とし、家の記録という名で隠し持っているのをリーは指揮官と私的な生活を伴にして知った。彼らが本を隠すのは知識の独占でなく、「世界政府を否定する危険人物」扱いを受けない為だという悲しい現状だという事も。
秘密を隠さない。そう誓い合ったリーと指揮官はグレイレイヴン再編の早い時期から「指揮官のハウスレコード」という図書館に2人で入り浸っては話し合うのは楽しみでもある。そして「指揮官のハウスレコード」には歴史、音楽、文芸や哲学書、リーの範疇外の所謂文系資料が殆どだった。
「指揮官。貴方は注意力が日毎に変わる人間なだけ、戦場で迷った方がかえって良い結果になったのを僕はこれでも……あの。カントがダメなのは、僕の理解力が足りないと言うんですか?指揮官にとって、僕は未だ演算力が足りないと?」
以前のリーなら、ああそうですかと背を向けて別の書物を探しただろう。数多を超えて文字通り超刻機体のリーは違う、指揮官に拒否されるのが悲しいだけだ。
「リー。カントはいきなり時間と空間について記したんじゃない、カントが何故その考えに至ったのかという……膨大な哲学書と哲学者達の思想の積み重ねに基づく考えを学んだ上にある。そして哲学や思想は、演算に基づく正解を出せない。人道上、倫理的にアウトだろって奴らはあるけどな」
まるで指揮官との会話自体が時間と空間そのものの入り口なのか、リーが微妙な表情になると指揮官は微笑んだ。
「10代の頃に傾倒してた私の黒歴史メモからにするか?」
「10代で……」
「リーだって9つでもう大抵の機械を直しちゃったのと同じじゃないか」
ミルクパンを持って来た指揮官はリーのカップに暖かい液体を注ぐ。それが甘いミルクだと戦術スキャンが示すと、リーは肩を竦める。
「……ではその黒歴史とやらを読ませて貰えますか?」
「良いけど、エルフ語とメアリー暗号で書かれたマジの黒歴史だよ?」
「エルフ語、トールキンのファンタジーでの人工言語でしたよね?エルフ語でしたら30秒で習得しましたよね?言語は法則性がある……指揮官?いま、暗号と言いましたか?メアリー暗号、聞いた事がありませんね。まさか指揮官独自の暗号ですか?」
暗号と聞いて新しい機械をバラしたがるいつものリーの反応と正反対に、指揮官は何故かその表情が昏く整えたばかりのマルセルウェーブヘアを掻き乱す程に動揺していた。
「メアリー暗号ってのはさ……私、リーにメアリー・オブ・スコッツの話は飽きる程したっけ」
「飽きてませんよ。メアリー・ステュアート、16世紀、指揮官の祖先であるイングランドの敵……いえ、ライバルの女王だと言っていましたね。ワイン樽に秘密文書を隠して陰謀を図った結果……その秘密文書が暗号で記されていたんですか!」
「リーにしちゃ珍しく結論から飛び込んだな」
「指揮官のおかげです」
リーの軽口も向上したと思ったのだが、今日ばかりは指揮官の反応が妙だった。
「ごめん。やっぱりカントの純粋理性批判やろうか、私もリーと一緒にやりたいし。ハウスレコードだから私んちだけでしか読めないが、いつもいるもんな大丈夫」
「ちょっと待って下さい。指揮官?メアリー暗号や黒歴史について何か……言い出したのは指揮官なんですから、辛い記憶こそ隠さない約束ですよ?」
ずるい言い方だとリーは自覚しつつ、自分から手を差し出してみる。指揮官の昏い表情は驚きに晴れていた。
「そうだよな!ああ、そうだ。リー。とりあえず近世フランス語を習得してくれ。マジで言ってる、メアリー・ステュアートが読める時代の言語だからね。言語も進化してくって訳さ」
リーは軽く目を閉じ、指揮官のハウスレコードから「言語記録」をひらく。ファンタジーのエルフ語よりは容易く、習得するまで……10秒。リーは舌打ちの代わりに息を吐く、やはり専門外では若干遅延するのか?
「え?リー?いま全部習得したじゃん?遅延が出たなら、そりゃリーの個性だ。頭ガッチガチの理系ピーポーに無茶言ってんの私だぞ」
「頭ガッチガチの理系ピーポー……指揮官の中の僕の印象の向上は宿題にしますよ!個性……個性か」
「はっはー!個性とは?それも哲学だよな、リー!で、メアリー暗号はこのファイルだ。独自の文字とシンボルだろう?この解読表はえーと」
「ダメです!」
指揮官から送信されたものをリーが拒否したのは、これが初めてかもしれない。拒否したというログも予め消去するプログラムを組んでいて正解だった。指揮官がしょんぼりすると、リーは赤面する排熱エラーを自覚しながら、乱れた指揮官のマルセルウェーブを丁寧に愛おしみながら巻き直して咳払いする。
「指揮官。メアリー暗号もハウスレコードでしょう?16世紀の陰謀に使われた暗号ならば、同じ様に陰謀工作を疑う連中は空中庭園にもいるんです。メアリー女王が暗号を受け取る様にワイン樽とはいきませんが……工具箱に貼りたいので手書きで写していいですか?この量ならオフライン解読出来ますので。もちろん指揮官の黒歴史ノートと一緒にですよ?」
「なるほど。リーの工具箱ならリーニキじゃ仕方ないで気にしないになるな!」
「指揮官……本当に僕に対する印象の更なる向上を提出しますからね!?」

人の少ない時間帯だが共用メンテナンス室、あえてリーはここで暗号解読をやる事にした。メンテナンス室は人が多いから、木は森に隠せの初歩という訳だ。
「リーは歴史に随分詳しくなったな、それは去年のシェイクスピア劇の影響か?」
気さくに話し掛けて来たのは不定期な帰還タイミングになりがちのストライクホーク隊、よりによって、栄光機体のクロムだ。あっという間にストライクホーク隊に囲まれ、リーは頭を振る。
「リーのアニキ、指揮官に良いとこみせたいいつものアレじゃん?スーパー機体でもリーニキじゃん?」
カムイがからかっている訳ではないのは理解しているし、こういう時バンジは気遣うように無関心を装ってくる。今までのリーなら、ふざけるなと声を上げたかもしれない。
「特化機体です。ええ当たり前でしょう?好きな人に好きになって貰う努力を惜しまないから関係が成り立つでしょう?」
「スーパー機体になると恋愛も超次元空間に行くのか!?」
「アシモフに聞いて下さい。クロム、今僕のメモでこれが近世資料だと理解したとみていいのですか?」
クロムは微妙な表情になる。こういう時の情緒的な気遣いの行動はカムイがやはり速い。
「あ!俺たちまだあれとあれ忘れてたな!バンジ、ちょっと再確認に行こうぜ!隊長ごめん、ちょっと行ってくるから!」
「……ついでに昼寝もするから、ふぁ」
しないからと笑いながら去るカムイ達が手が滑ったと言わんばかりにカメラを破壊したのには流石に失笑してしまったが、クロムはまだ神妙な表情だ。
「暗号解読任務か?手伝うぞ」
「お気遣いは有難いのですが、これは僕の個人的な趣味です……今また暗号解読と……上流階級では日常的に使われるものですか?」
「少なくとも私が知る範囲の人々にはこんな文芸趣味はないな。レイヴン隊指揮官……ウースターを担ぎがちな大英帝国派の貴族では?アラン・チューリングだって英国人のはず」
チューリング。リーは超刻機体に搭載する意識チップが暗号解読者アラン・チューリングと同じの名だと思うと微笑する。
「彼らはロンドン1つ復興再現したら満足するような平和な奴らですよ。それでは僕は困りますが……話が逸れました、これはメアリー・ステュアートの暗号で歴史的資料です」
「メアリー・ステュアート、穏やかでは無いな」
「ですから、歴史的資料です。耳をはっていそうな人々向けに言えば、指揮官の10代黒歴史ノートが歴史的資料の言語で書かれているだけの話です」
ゴッという鈍い音と枕を被せて保護する音は、間違いなくカムイが逆元装置を軽くぶつけバンジがカバーしたものだ。昨今の指揮官の窮状があっただけに、歩哨までしてくれているようだ。
「……ハッキングして覗くのは嫌われるぞ」
クロムは軽い嫌悪と困惑を表すので、リーは超刻機体以前からの普段の自分の行動と発言は余程なのだろうと嘆息する。
「このノートは指揮官から許可を貰って借りたものです。内容はカントの純粋理性批判に対する10代の指揮官の解釈だそうで、いきなりカントそのものにあたると意識海ごと宇宙の果てのレストランに飛ばされるらしい」
「宇宙の果てのレストラン!地球、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えなら、リーは知っているのに!?アシモフまで手を組んで42!と歌いながら……反撃時代の結果も地球が42だったら困るな!」
クロムが珍しく大きな声を立てて笑うのは、彼と指揮官がおすすめの小説を交換しているからだ。宇宙の果てのレストランもそのコメディSF小説の1つ……なんで僕と交換じゃないんですか、かつて嫉妬し過ぎた事に頭を抱える。
「話が逸れすぎます。地球、宇宙、そして万物の問いが理解不能な回答42であった様に、理解が難しいだけで……?」
システムバックグラウンドでメアリー暗号5万語の単語と特殊文字50個を演算解析に掛けていたリーは、解析が終わったの気づく。やはり得意分野ならさほど負荷負担もない……が、リーはノートの記述を見てぶっと吹き出す。
【このノートを読んだ者は呪われる、理解したら【住居コード】アーサートマス・パーシー宛にマカロンを100年間送らなければならない】
リーの本名が「モリアン」であるように、「アーサートマス・パーシー」も指揮官の本名だ。
「トールキン小説のエルフ語か……指揮官はエルフの森の奥方が似合うし、今のリーも」
「クロム、読むと呪われますよ」
そろそろ人が増える時間帯だ。カンカンとカムイが人が来るのを知らせて、バンジから枕が優しく投げられるのをキャッチする。
「呪いって拡散した方が意味が薄まる呪いもあるんだって。睡眠を邪魔しない呪いがいい」
「そうですか。ではストライクホーク隊隊長が一部を読んだので、ストライクホーク隊も指揮官の呪いに罹ります」
「隊長のせいで指揮官に呪われる!?俺たちカエルとかになるかな!?カエルならいいな!」
センサーは鋭く、音声は慎重な通信回線のカムイが笑う。
「そんな呪いなら僕が独り占めします。ストライクホーク隊も指揮官にこれから100年間マカロンを贈る呪いに罹ります。解呪方法は……」
「お友達になってくれること」
切なそうな表情と声でクロムが呪いの文を呟いた。ノートの末尾にエルフ語で書かれた文字は液体を落としたインクにじみがある。リーもやるせない気持ちになった。空中庭園、外から見れば恵まれた環境に不自由ない上流階級に見え、現実は真逆で決して手に入らなかった10代の指揮官の「黒歴史」。ちっとも黒歴史じゃない、リーは右手に記憶したままの指揮官の髪の感触を何故か辿ってしまった。クロムに肩を軽く叩かれて、リーはハッとする。
「指揮官のお友達ならここにもいる。それに大切なかけがえのない存在にリー自身がいるはずだ」

【リーの個人ファイル。指揮官のノートより抜粋。"時間と空間が内なる宇宙、主観で捉えるものならば精神もまた宇宙に浮かぶフネだった。内なる宇宙は実体がなく手で掴めず、ただの人間には泳ぐことも叶わない。しかし精神というフネで行き来するものならば、時間と空間は精神というフネが交差する航路図になるのではないか?" まるで指揮官は未来の……超刻機体によって超次元空間を実体として使う僕へのヒント、精神というフネは意識海を往く指揮官との航海】

「マカロンの呪いを掛けたのにマカロンで絨毯砲撃されちゃったよ」
指揮官の声でリーは記録を中止し、顔をあげる。グレイレイヴン隊の休憩室の一角を丁寧な包み達が占めていた。
「マカロン……私にはまだ難しいんです」
カムイがマカロンの呪いをレイヴン隊みなにばらしたらしく、ルシアの皿には指揮官が好きなピスタチオ以外解析不能のゲル状物質がまんまるとのっていた。見ようによってはゼリーで、解析不能だが人体に毒な物はない。リーは頭を振る。
「結構イケるぞ。むかし婆ちゃんちでよく食べたキーライムの味に似てる。ルシア、めっちゃお菓子上手くなったじゃん!?私も何か作らないとフェアじゃないな」
「そんな、指揮官!食べて下さるだけで私もう……本当に美味しいですか、指揮官?」
「美味しいから食べてるよ?あっ、この部分はピムズの味!ルシア、凄いな!イングランド夏の酒をお菓子に……軍内で手に入れるの大変だったろ!?」
「いえ!実はあの、リーに分けてもらったんです。夏に指揮官はキュウリの入ったお酒……ピムズを好まれるでしょう?キュウリもカクテルと同じ様に足したんです……」
「だからここはピムズの味なのか!私の好きな物全部入れるなんて、ルシア本当に凄いな!しかもめっちゃ美味い!」
「指揮官……!全部そんな美味しそうに食べてくださって…!」
ルシアの料理は構造体達や各方面指揮官らに悪評高いのだが、「何でも美味い旨いと味覚までヤバいイギリス貴族」で同じく悪評高いレイヴン隊指揮官だけバクバク食べる。料理は首席になれないと言った誰かを、間違っていると否定したのがいつかのバネッサ指揮官とリーだった。
「リーさんはマカロンが得意ですよね、レシピ通りに作るのって凄い事だと思います」
「面白味に欠けると言ってもいいんですよ」
「面白いリーさんって指揮官がいないと見られないんです」
リーの様子を気遣う様に話し掛けたリーフは、「お友達になってくれること」の一文が書かれた画面をぎゅっと抱きしめるようにして閉じた。
「書類終わったし、いい加減銃使った訓練タイムだ。コーヒーでブーストするぞ」
指揮官がコーヒーを飲み始めたのは、再編時に何も知らずリーが出したコーヒーがキッカケだった。はっきり「ブースター泥水だ」と言いながら、出されたものを断らない人だ。黒野が抜けないリーが怒りを感じられず、味の向上に分析を費やしてしまったのは今も分からない。
「ダメです指揮官、今日のカフェイン摂取量を超えました」
「えー!リーフちょい待ち!まだ200mg制限食らうの私は」
「指揮官の処方薬との兼ね合いを診たら150mg制限だったのにリーさんが破るからです」
「僕の演算なら……隈を作る様な神経ブーストする人間は計算外だったな」
「だからアイメイクにやる気が出るのさ」
「だーめーです。ノンカフェインにしますから」
立ち上がった指揮官がふらつくと、リーが支える。もう高速空間無しでも、未来予見がなくても支えられる。
「おお、スパゲッティモンスターのヌードル触手が私に触れてしまった!」
「……ルシア、さっきの菓子にピムズをどれくらい使いましたか?」
リーが指揮官の血中アルコール濃度を解析すると、リーフも目を瞬いている。
「リーさん、同じ解析ですよね?血中アルコール濃度は数値は0.08、なのに……」
「ええ、大した酔いじゃない。朝薬の半減期と重なって気分が愉快になってるのでしょうか」
「使ったのは1瓶だけです、まさか私……」
「もちろん責めてませんよ、楽しそうに酔うのは久しぶりじゃないですか……」
「でもグレイレイヴン隊休憩室を出たら懲罰対象になるのでは」
もう指揮官はリーにべったり抱きついており、背をさすると何かがブレる感じがあった。感覚モジュールを通して意識海が怪しい何かに飲まれるのを、指揮官のビーコンが灯台の様に照らしてくれるのをリーは感じた。
「いいえ。リーが懲罰対象です」
「は?一体何なんですか、ルシア?」
「えっと……飲酒した人間をそういうお誘いにするのは倫理的な犯罪だと私も……いくら隠さなくなったからってその」
「リーフまで!ちょっと待って下さい!僕が何をしたと」
ライフルケースに反射した指揮官を抱きしめる姿は、どう見てもリーフの言った通りだ。リーはらしくなくうわあと声を上げ、手は離せず代わりに位置を変える。
確かに飲酒した指揮官に言うタイミングではないが、これから何度も交わす言葉をリーは照れずに耳元に告げた。

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