ハンプトンコートの朝
宮廷魔術師ディーン・ハワードは侍者を持たないが、代わりに沢山のおぞましい魔物の使い魔たちと暮らしている。かつては肉を裂き血をすする魔物と恐れられた彼らは、早朝の日課を欠かさない。寝惚けている魔術師を完璧に装わせることだ。
魔物たちが人間の侍者の真似事をするのは、全ての仕事が終わった後に褒美として貰える蜂蜜のタルトの為だと、この奇妙な光景を目にした宮内官は青ざめながら言う。
魔物たちはタルトがあろうとなかろうと、毎日同じことを繰り返す。魔物の性質として、同じ行動を毎日日課として続け、その行動に強くこだわり、急激な変化を嫌う事は魔法使いたちならばよく知る事だった。
ハンプトンコートの朝は例え夏でも少しだけ薄寒い。冬ならば目が覚めて最初にする事は暖炉に火を入れる事だ。
宮内官が女王陛下の部屋に暖炉の火を入れ、部屋が温まって陛下が目覚める頃には宮廷魔術師は近くに控えている必要がある。
「ねえ、ディーン。これから朝は正午から始まると議会で決めてもらいましょう。どうせ諸侯たちも夜更かしして寝坊してくるのに、どうして私たちだけ朝に起きなくてはならないの?」
女王陛下は眠たそうで、女官に止められながら夜着のまま、親しげにディーンに寄りかかってくる。
「それは陛下がこの国の統治者だからです。陛下が目覚めなければ、イングランド中が薄暗いまま太陽を拝むことが出来なくなるからでしょう」
「ディーンの言う通り私が太陽なら、今朝はもっと暖かくなるはずよ。でも、貴方の表現は嫌いじゃないわ。ドレスを選ぶのを手伝って。そしたら、朝ごはんを一緒に食べましょう」