140字ショートストーリーまとめ
【カンタベリ大主教ヨナタン・フラメル】安宿のカウンターに2シリングを置いて、赤紫の聖職服を着た少年のような男が微笑む。「ごきげんよう、用意は出来ているか?」店主は奥の部屋を指さし、硬貨を受け取ろうとする手を杭を打つ様にナイフで突き刺す。「あんたの商品に用はない。貰うのはアンタの首だ」
【2】敵をひも付きで泳がせることも大事だが、”ハワードの姫様”に刺客を送った相手は別だ。ヨナタン・フラメルは血で汚れたレースの手袋を、赤毛の修道士に向けて放り投げ拾わせる。「…何も自ら御手を汚さずとも」「これは功徳だよ、ジャイルズ。草刈りを怠らなければ春に美味しい実が落ちてくる」
【叛意の兆候】白い長槍の穂先は常に赤い滴が垂れ、呪いを齎すとも究極の癒しを与えるともいう。槍が振るわれ、無数の矢が発射される。全てを追跡する槍の欠片が彼の傲慢さを支えているのは確かだ。「つまらん。全くつまらんぞ!」ノーサンバランド伯パーシーの長槍ロンゴミアントだ。
【2】敵の大勢に対して振るわれれば威力を発揮するだろうが、彼の様な騎士がいてもブリタニアが本土決戦となれば勝利は望めない。「ディーン?さては蚊の奴に食われたな?奴らめ万死に値するぞ!」パーシーが蚊柱相手に槍を振るう間に、ディーンは密偵の手紙を読む。また北の女王が叛意を見せている。
【3】「うるせえなあ、礼拝の邪魔だ」女王陛下の希望で礼拝を終えたカンタベリ大主教ヨナタン・フラメルが来て、庭の蛮勇を冷めた目で見つめる。ディーンが手紙を渡すと、一瞥した後に彼はそれを食べてしまう。「フォザリンゲイがよほど退屈なんだろ」北の女王にとって虜囚でいる事は耐え難いはずだ。
【4】北の女王は大陸の古き同盟に呼びかけ、共にブリタニアを攻める時だと今この瞬間も密偵を通じて交渉している。「そろそろおれの仕事だろ?なあ、ディーン」ヨナタンは妖しく微笑する。ディーンは蚊柱と戦う騎士を見た。彼が戦場に行くのはもっと後で良い筈だ。「まだだ。明確な叛意の証拠がいる」
【北の女王との会見】雪降るフォザリンゲイ城は寒く、貂の毛皮だけでは寒気を防ぐのに心もとない。番兵が立つ部屋の中は暖かく、暖炉の前には北の女王と侍女がいる。「妾腹の犬が」「おやめ。妾腹?止して頂戴、エリーは私の従妹よ」温かい飲み物を差し出し、北の女王は椅子を勧めてくれる。
【2】「カスティーリャと連絡を取っている事は知っています。どうか、これ以上女王陛下の御心を煩わせる事は止めてください」北の女王は立ち上がり、憤慨した顔でディーンを睨む。彼女も女王だが、ブリタニアでは虜囚にすぎない。「貴方ならどうするの、秘書長官殿。何もせずここで老い朽ちろと?」
【3】その方が貴方の為だ。紅茶に口を付け、言葉を飲み込む。優しい女主人だった北の女王は、ディーンを薄汚い物の様にねめつける。「貴方、ハワード家の庶子だったわね?貴方が家に復讐したように私もそうするだけよ」話し合いは無駄だという訳だ。「エリーは私を殺せない。貴方もご存じでしょう?」
【4】話を終え外に出ると、番兵に睨まれながら雪だるまを作っていたパーシーが走ってくる。「ヨナタンの言っていた通り、無駄でしたよ」パーシーは自分の失敗の様に悲しい顔をして、ディーンの髪についた雪を払う。「無駄ではないよ、マイディア。君は騎士として情けを与えたのに相手が拒絶したのだ」
【5】本来従属すべき騎士からの情けなど、君主である北の女王は憤慨しただろう。「マイディア、手を尽くしても駄目な物はダメなのだ。いざとなればこちらには海賊が付いている。気のいい連中が」ディーンは頭を振る。どんな汚い手段を使ってもいい、ブリタニアが戦争に巻き込まれる事だけは防がねば。
【ヨナタンと従者ジャイルズ】カンタベリ大主教に就任して数日しか経たないヨナタン・フラメルは、早速危機を身近に感じていた。ローマからの使者だと名乗る修道士風の男が、私邸で拘束された。暗殺者は直にロンドン塔での尋問を始められる。「家まで入れたのに詰めが甘かったな。何を躊躇った?」
【2】吊るされた赤毛の暗殺者は若く、透明な水色の瞳でヨナタンを見た。「君を殺すのが惜しいと思った。異端の主教よ。君を見つめるだけで満たされた」鞭を打たれても、暗殺者は声も上げずじっと耐える。「まるでおれに恋をしたとでも言いたげだな、貴様は」拷問人を下がらせ、ヨナタンは鞭を持つ。
【3】「殺してくれ、君の手で」暗殺者の言葉にヨナタンは肩を揺らして心底おかしげに笑う。拷問人を呼び、縄を切らせる。助命された事に暗殺者は驚愕した様子だったが、まるで崇める様にヨナタンの前に平伏した。「君が私の天使だ」ヨナタンは、男の顔を見た。「死にたくないなら何でも言うものだ」
【4】暗殺者の寝返りは特に珍しい事じゃない。ローマの事情を知る人間を手元に欲しいのが本心だ。「私の知る事は何でも教える。私を劫火から救い出した天使よ」ヨナタンの指輪に口付け、暗殺者は誓う。「お前の協力者の首を持ってこい。全員だ」狂信者にしては澄んだ目をしている。ヨナタンは嗤った。