「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」(東京ステーションギャラリー)
安井仲治は戦前に活躍したアマチュア写真家。ただアマチュアと言っても、この時代に写真で生計を得ていた者はまだいません。安井は洋紙店勤務を続けつつ、20代ですでに写真展の審査員を複数務め、30代では新聞社主催の講演を行うなど、この道ではむしろ権威的な存在でした。
20年と決して長くはないキャリアのなか、優しいソフトフォーカスのスナップショットや肖像写真に始まり、モホリ=ナジの影響を受けた前衛芸術的なフォトモンタージュに至るまで、その活動内容は多岐にわたります。
興味深かったのはトリミング(切り抜き)の技術について。
端っこに余計なモノが映ったときにカットすることぐらいはままありますが、全身に近い写真から顔だけをトリミングし、引き延ばして肖像写真として仕立ててしまうなど、かなり大胆なトリミング(切り抜き)をしています。ジャーナリスティックな要素もあるストリートスナップから芸術的感性が重要なモンタージュへの移行というのはかなり大胆な転身に見えるのですが、こういうトリミングを観ていると、元々写真を素材として取り扱う気質、そして技術力はあったのかなと思いました。
とにかく絵画的というか、東アジアの陶磁器を題材としたピンと張った静謐さが漂う静物写真、また西洋絵画で観たような構図もあり、絵画に対する素養の高さも感じます。たとえば《(魚)》(1932頃)という、魚の干物が干されながら風に揺れている、風になびく干物の浮遊感が心地良い写真があったのですが、あれもそういった芸術的感性の賜物だろうと。写真を素材として扱いつつも、決して素材の持ち味を殺しきらない、意味の残し方も秀逸です。
個人的に驚いたのは〈磁力の表情〉という作品シリーズ。砂鉄と磁石を組み合わせ、可視化された磁界を写真に収めたもので、これぞまさしくモノクロ写真ならでは。当然理科の教科書レベルには収まらない、中にはルドンを彷彿とさせるような表現もあり、安井仲治の「魔法」を一番強く感じた写真でした。
ちなみに写真家の森山大道は安井のことを、日本写真界における「素敵な父」と表現しております。私は専門ではないのでそこまで断定的なことは言えないですが、その着想、そして意欲的な表現を試みてもぶれない技量の高さは素晴らしいです。
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