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見る"べき"展覧会、行く"べき"美術館
美術系の記事・コンテンツとして、「おすすめの展覧会」を紹介するものがある。
たぶんいちばんメジャーなのが『日曜美術館』の「アートシーン」、それに美術手帖やartscape、アイエムなどといった雑誌・WEBメディア、そして個人による「おすすめ記事」もある。私が書いている感想文・展覧会評もその一種と言えるだろう。
これ自体はむしろあって良いと思う。WEB美術手帖によれば本日(2025年2月2日)開催されている展覧会は全国で304、彼らがフォローしきれてない展覧会も含めればその倍はあるかもしれない。そんななかで、面白い展覧会をピンポイントで選ぶのはまず不可能。ある程度他人に選んでもらうという意味でも、こういう「おすすめの展覧会」の記事は少なからず読者、これから展覧会を訪れようという人には有益だと思う。
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気になるのはその薦め方だ。
その前提としてまず、みんながみんな一様に「面白い」というような感想を持つ、そんな芸術作品・展覧会は存在しないと私は思っている。文化・性別・年齢・育ってきた環境・遺伝的なもの…人がそれぞれ違うものである以上、考え方・感じ方の違いもあるはずだし、その結果としてモノの受け止め方が変わることはしょうがないと思う。自分の好きなものを否定されるとムッとすることは私自身もあるが、こちらを潰しに来ているような場合は別として、そういう人たちを一様に排除すべき!などとも思わない。
経験上、自分と異なる意見を許容できないコミュニティは遅かれ早かれ萎んでいきやすい。これは先日、対話型芸術鑑賞を経験したときにも思ったことだが、むしろ異なる意見をきっかけに自分の世界が広がったり深まったりすることもある。大仰に言えばそれが「進歩」である。
だから、展覧会を観て面白かったと書くとき、私は「私は面白かった」「私としてはおすすめ/見てほしい」というふうに、個人的感想であることを意識した書き方をすることが多い。受け止められ方は違うかも知れないが、少なくともそういう自覚だ。私は面白かったが、これを読んでいるあなたがこの展覧会を面白がるかはわからない――無責任なようにも聞こえるけれども、会ったことも無い第三者に対し、申し訳ないけれどそこまでの責任は取れない。あなたが面白いかどうかは、あなた自身が判断して欲しい――基本的にはそういうスタンスである。
反対に「見るべき」という、半ば義務(英語で言えばshould)としての鑑賞を読者に促す書き方にはかなりの抵抗がある。読者を煽ることが好きなウェブメディアでも「行くべき」「見るべき」と、強い口調の見出しが踊ることもあるが、美術館はそういう場所ではないとも思ってしまう。しかも悲しい哉、そうやって薦められた展覧会ほど、むしろ楽しめないことのほうが多い(「べき」でハードルを上げてしまうからかもしれない)。
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美術鑑賞は趣味・遊びでいい。
その中で結果的に何かを学び、何かに気づき…きわめてうっすい印象だったとしても、何か残るものを持ち帰ってくれればそれで良い。万が一それさえも持てなかったとしても、責められるのは客ではなく館のほうだ。
ICOMの博物館定義に「誰もが利用でき」とあるように、多種多様な鑑賞者を受け入れるスタンスが美術館には求められているし、多くの場合実現できているとも思う。それがディープに学びたいガチ勢でも、デートの軽いノリで訪れるカップルでも、遊園地感覚で遊びに来た子供でも、基本的には歓迎されていい場所だ。
もちろんその中の一人として「べき」の来場者も、最終的に美術館の「楽しみ」に気づいてくれればそれで良いと思う。ただ、美術館が「べき」の場所であると思われてしまうのはむしろ寂しい。
美術館が行く"べき"場所と言われるたびに、美術館は何か大切なものを失っているような、そんな気もしてならない。
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