河村隆一アルバムレビュー 97-07
LUNA SEA『SHINE』を再評価している人はよく見かけるが、河村隆一ソロを見直している人はほぼ見かけない。あまりにも売れすぎたが故に、逆に正当に評価をされていない彼のソロ作は、他の月海メンバーソロ作とは逆な意味で同じように見落とされがちである。
閑話休題。前々からやりたいと思っていた河村隆一アルバムレビュー97-07。何故、07年までかというと、08年以降の彼にはあまり惹かれないからです(苦笑。
1st mini『Cranberry Soda』(‘97)
ソロアルバムとしては1作目。既にヒットしていた1st,2ndシングルは未収録ながら、70万枚を超えるヒットを記録。
アルバム全体としては他の作品と比較してもドリーミーな世界観が強く出ており、アナログ的な音の響きと相俟ってうっとりと浸れるアルバム。次回作と比較すると地味な感は否めないが、当時の河村隆一の甘くポップな部分とシリアスな部分とが最も端的に表れた本作は河村隆一の原点として申し分のない作品だ。
1st full『Love』(‘97)
伝説のメガヒットアルバム。発売から30年近くを経た現在でも「男性ソロアーティストアルバム歴代1位売上」に君臨し続けている。
この作品をひと言で表現するなら"うま味がギュッと詰まった濃厚なスープ"と言える。まずアルバム全体から漂うノスタルジックで少女趣味的な世界観が堪らない。この空気感は97年(と翌年くらいまでのЯKプロデュース)だけのものだった。先行シングル『Love is…』のイメージから、こってりと濃厚なラブバラードばかりなアルバムに思われがちだが、むしろ「I love you」や「BEAT」のような軽やかなポップスが多く、70分超えのフルボリュームながら長さを感じずに聴ける。
延々と甘いラブソングが続いて、ともすれば途中で飽きてしまいそうなのだが、楽曲の良さと当時の彼の無敵オーラでねじ伏せてしまっている。この当時の"少女漫画の王子様像"を完全に体現して見せた、唯一無二の圧倒的無敵モードな名盤。
2nd full『深愛~only one~』(‘01)
LUNA SEA終幕を経たソロ再始動作。97年よりもさらに間口を広げてお茶の間の人気者になろうとしたものの、セールス的にも、また「河村隆一」のブランドイメージ的にも全てが裏目に出た、所謂"河村隆一の失敗作"。
確かに97年にあった濃厚な空気感はきれいさっぱりなくなり、大衆ポップスを志向するあまり無味無臭になってしまった感は否めない。実際、僕も最初に聴いた時は「なんだか普通になっちゃった退屈なアルバム」と感じた。
然しながらよく聴くと中盤のセルフカバーバラード群が秀逸で、流麗なメロディとЯKの伸びやかなボーカルが素晴らしいことに気付く。 #10以降も軽快なシングルが登場し飽きさせない。ЯK史上最も伸びやかなボーカルと軽やかなポップソングが愉しめる本作は、当初の平板な印象とは裏腹に時代を経るほど好きになっていったアルバムだ。アルバム全体を通してアコギのサウンドが心地よい。恐らくこのアルバムを退屈な印象にせしめているのは、#4,#6,#8のミディアムバラードが平凡且つ印象が被っている為だろう。
確かに大衆ポップスを狙い過ぎた感はあるものの、“河村隆一の失敗作”としてスルーするにはあまりにも勿体無いアルバム。バンドポップなサウンドは聴く人を選ばないという意味では確かに成功おり、スタンダード性においては4thに次いで高い。全編に渡って軽やかで気持ちのいいポップスを堪能出来る。アコギが心地よいスタンダードポップスが好きなら聴いて損は無い名盤。
2nd mini『人間失格』(‘02)
自身が主演を務めた太宰治の生涯をテーマにした映画『ピカレスク』からインスパイアを受け制作されたアルバム。その為、彼の作品の中でも最もコンセプチュアルな作風であり、そして恐らく最もシリアスなアルバム。
1曲目からLUNA SEAを彷彿とさせる楽曲で妖し気な河村隆一が炸裂し、当時のあまりに大衆ポップス志向な作風にやきもきしていた往年のファンの留飲が下がったであろうことが容易に想像出来る笑。
正直、ヒット性という意味では前作に全く及ばないが、97年にあったシリアスさが復活しているのが嬉しい。個人的にはセルフカバー「古の炎」が97年オーラを感じさせて特に好きな曲だ。
シリアスと書いたものの、この時期ならではのポップ性もしっかりと確保されており、決して取っつきにくいアルバムではない。前作を聴いてガッカリした人ほど聴いて欲しいアルバムだ。
3rd full『バニラ』(‘04)
河村隆一史上最も変化を感じる作品。従来からの飛距離が凄い笑。葉山拓亮をアレンジャーに迎えロックサウンドを解禁。歌詞も甘々なラブソング一辺倒から、メッセージ性の強い作品も披露するようになり頼もしい。力強く、時に妖しい、バラエティに富んだ内容だ。とにかく“あの河村隆一がパワーアップして帰ってきた”という印象の作品。音楽の幅が格段に拡がった。ボーカルも何かから解放されたかのように覇気に溢れている。当時のヒットサウンドをしっかりと抑えつつ、彼ならではの普遍的なポップネスが光るアルバムだ。
……だからこそ、ここで売れて欲しかった。当人的にももう1度ヒット戦線で勝負する気概を持って臨んだと思うのだが……。生憎セールスは奮わず一部の固定ファンが購入するに留まった。結局、これを最後に97年以降続いた「売らんかな」な野心は消え失せ、以降愈々固定ファンだけの閉鎖的な世界へと没入していく。結果的に本作で見せた力強い新機軸的なポップロックはこのアルバムのみになってしまった。返す々々も惜しい……。
河村隆一というと、1stや2ndのイメージで止まっている人が大半だと思うが、そういった人ほど驚き、且つ好印象を持つであろう作品である。
なお、今改めて聴き返すと、「力強さ・妖しさ」はあるが、彼のもうひとつの魅力である「シリアスさ」は希薄で、これは次回作で結実することとなる。
4th『ORANGE』(‘07)
個人的には"河村隆一第2の1stアルバム"という位置付けの作品。ヒット戦線への復帰を目論んだ前作でもやはり時代は彼に味方せず、もうヒットチャートとは距離を置き、30代後半を迎えた彼がシンガーとして音楽に向き合ったような、上質で落ち着いた大人のポップスが並んでいる。特に#1のあまりの名曲っぷりや、オーラス#11のシリアスさなど、このアルバムについて言えば、ヒットを意識しなかったことがプラスに作用している。歌唱スタイルの変化もあって、何かが吹っ切れたような爽やかさを纏っているのだ。ただ、爽やかでありながら2nd『深愛』のようなある種の軽薄感が無く、全体的に地に足の着いた印象。後年、彼のボーカリゼーションはどんどんどっしり感を増してゆくが、この頃はまだ“大人の落ち着き”とかつての軽快感のバランスが良く聴いていて心地よい。
全編通してどこかヨーロッパテイストを感じさせる統一感があり、声楽的な歌唱とそれに見合った、上質なバンドポップサウンドは彼のソロ史上最も耐用年数の高いアルバムと言えるだろう。"ヒット戦線から撤退した引きこもり期の河村隆一"としてスルーするにはあまりに勿体ないし、聴いてみるとその良さに驚くと思う。03年頃から開催していたシンフォニックコンサートの成果、01年に志向していたにスタンダードポップス、そして97年にあったシリアスさが見事に結実した名盤だ。
バンドからソロへの歴史的大成功例、河村隆一。しかし、その大成功とは裏腹に、いや、大成功を収めたからこそ、その後の身の振り方には困難を伴った。ここに記したソロ最初の10年間は挑戦と苦悩の連続だった。結局、07年以降はシンガーとしての自我が強くなりすぎ、もはや二枚目ポップスシンガーとしての河村隆一は実質消失する。だが、この頃までの彼はあくまでポップスシンガー然としていて、良質なポップソングを作り続けていた。
そのあまりの存在感の強さから、河村隆一(笑)と言われがちだが、この時期の彼は本当に普遍性の高いポップアルバムが揃っている。売れていた時期しか知らない、或いは売れていた時期すら知らない若い人も含めて、改めてここで取り上げたアルバムに触れて欲しいな、とこの時期を偏愛する偏屈ないち儲の僕は思ったりする。