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記憶の記録 前編

2008年の1月頃だったかな。
小さくて元気で可愛い、柴犬の女の子がやってきた。


その経緯も色々あって、その頃はよく神社に出入りをしていたんだよね。まぁ諸々を端折って言うと、母が宮司資格があるので当時神社の宮司をたまにしていた為、手伝いやら何やらで私もたまにちょこちょこ通っていたのだ。
そこの神社の神主はとんでもなくクレイジーなおじさんで、酒も煙草も浴びる程に摂取をし、当時私が吸っていたBlack devilという見た目もニコチンもそこそこキツイ煙草を、神社に行く度に「それちょうだい。」と言っては箱ごと全て掻っ払っていく人だった。(何度目かからは献上用で余分に新品を買って行った。)それだけでなく、やる事成す事本当に神社の神主なのか?!と疑ってしまうくらい、見た目も言動も行動もヤクザすぎたので、彼のことはそれからずっと「ブラックデビル」と呼んでいた。

そんなブラックデビル、流石は神主というかやっぱりヤクザでは…というかな顔の広さや色々な界隈への繋がりの多さで、母と共にしていた「犬が飼いたいねぇ〜どこかにいないかな〜」と言う会話にちゃんと答えてくれたのだ。
急に車で連れて行かれた何か物凄くちゃんとしたブリーダーの所の、ちゃんと血統書のついた、その中でも一番可愛くて良い子だと言う豆柴の子犬の元に。

その日の事はよく覚えている。
まだやる事が残っていたので家には帰らず一旦神社まで連れて帰り、広い和室に放された子犬ときゃあきゃあと少女みたいにはしゃぐ母。私も同じくらいはしゃぎたかったけれど、若さ故の恥ずかしさで頼まれていたパソコンでの事務作業をしながら走り回る子犬と母を薄っすらと見ていた。その横で、ブラックデビルが似合わない微笑みでニコニコと眺めていたのも脳裏に焼き付いている。

だがこの時、父には全く何も言っていなかったのだ。勝手に引き取ってきた為、どこで激昂するかわからない典型的昭和の頑固親父、星一徹が如く怒ればリアルに食事が乗っているちゃぶ台(ローテーブル)がひっくり返され飛んでくるような恐ろしい人にいきなり子犬を見せる訳にはいかない。
父が仕事から帰ってくるまでの間に母とあれこれ考え、一先ず隠しておこう。父の機嫌が良いタイミングで何とか言い出そう。と、神社から帰宅した我々は私の部屋にキャリーゲージに入れた子犬を置いてその時を待つ事にした。
実家は決して広くはない縦に長いタイプの家で、1階に洗面と風呂と父の部屋、2階がトイレとダイニングキッチンとリビング、3階が私の部屋と弟の部屋になっている。
父は3階へは滅多に来ることがないので、子犬さえ大人しくしてくれればまず気付かれる事はないだろうと考えていた。

まぁそんな人間のご都合なんて、子犬には知ったこっちゃない。父も帰宅し全員がリビングにいる間、たった1匹でキャリーゲージの中に囲われているのだ。当たり前に鳴いている。キャンキャンとかそういう吠える鳴き方ではなく、くぅーんくぅーんと淋しい時に出す悲壮そうな声がリビングにまで響き渡っていた。
晩ごはん時。TVから流れる音とは全く違う鳴き声。もうこれは一瞬でバレてしまう…と、母と覚悟をした。

ところが、まさか家に子犬が居るとは思いもしない父は明らかに異質なその鳴き声に全く気づかなかったのだ。
それはそれで父の激昂もなく良かったのだが、気づかないにも程がある。晩ごはんを終えても気づかない。このままくぅーんくぅーん鳴き続ける子犬を放っておくわけにもいかない。
気づかなさすぎる父の機嫌を伺っているよりも、1匹で放置されている子犬が余りにも可哀想になり、どう切り出そうかもじもじしていた空気や全ての会話をぶった斬って「今日なー犬引き取ってきてん!」と言うや否や私は3階へ駆け上り、子犬をリビングまで連れてきた。

突然の子犬に虚をつかれたのか、その時父から何かを言われた記憶はない。ただ「は?」とか「え、犬?!」とか「買ったんか?!!どうしたんや!!」とかそういう事だけを言われていたのは覚えている。(本当はちゃんと引き取り料は支払っていたけれど、お金のかかる事をとても嫌う父なのでさすがにそれは伏せて、"ブラックデビルから貰った。"とだけ言い返した。これは、今現在も尚ずっと父はそう思っている。)

徐々に現状を把握し始め怒りに満ちていく父を尻目に、子犬はやっとキャリーゲージから解放され皆に撫で回されている内に嬉しくってリビングの絨毯でおしっこをする。母も私も父すらもその怒りを気にする事もなくわぁわぁとてんやわんやな状態となり、この、急に子犬を連れて来た事への抗議は有耶無耶となったのが始まりだった。

皆でにこにこして迎える理想的な迎え方とはとても程遠いのだろうが、今もこうして鮮明に思い出せる良い記憶の日だった。
付け加えるなら、父と子犬の事でいっぱいいっぱいで、弟がこの日家に居たのか居なかったのかそこだけ記憶が抜け落ちているが。



うちへ来た前年の10月10日に生まれた子だから、名前はトウコ。血統書名は春華(ハルハナ)号。お転婆で尻尾がくるんと巻いていて、いつも斜めにお姉さん座りをする狐顔の可愛い可愛い子だった。

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