雇用調整助成金が活用されないのは何故なのか?6つのハードル。
雇用調整助成金といえば、支給が遅い、手続が煩雑、等、散々言われていますが・・・当然です。だって、雇用調整助成金の仕組みそのものが、コロナ対策として「全くなじまない」ものだからです。
助成金の申請が難しいのは、元来労働法をきっちり守っている会社が前提であることです(これは元来正しい)。それなのに目先の手続の煩雑さだけが問題であるとして要件緩和だけ繰り返してきたことに問題があります。だからなおさら要件が複雑になってしまって、もはやおかしな状態になってしまっています。
しかも雇用調整助成金は、仕組みが複雑で必要書類も多く助成金の中でもハードルが高い。とてもではありませんが、中小事業主の方が自分で申請するにはあまりに優しくないものであると思います。
助成金ってなに?
雇用調整助成金について考える前に、そもそも助成金ってなんですか?ということを理解する必要があります。
助成金というのは、おおまかに意訳すれば、
・従業員の雇用安定、キャリア向上等、働く環境についてのケアをした場合
・そのためにかかった費用の一部が助成される
ものだとお考えください。
また、使った費用の一部がもらえるだけなので、会社の持ち出しが発生するのが前提だと思ってください。
人を雇用していれば誰でももらう権利のある返済不要のお金。ではありません!!
100歩譲ってそうだったとしても、権利なのであれば義務を履行していることが大前提です。
労働者の雇用環境向上が目的ですから、労働基準法や社会保険加入等、労働法を遵守していることは当然に求められます。
これが、助成金の申請代行が社会保険労務士にしか認められていない理由でもあります。
ですから、助成金の申請というのは、多くの方が想像しているよりもずっと手続きは煩雑で、要件は厳しく、不正が起きた場合のペナルティも非常に厳しく定められているのです(これは別途)。
平時であれば、これでいいと思います。しかしもしも今回、労働法うんちゃらとか言ってる場合でなく、とにかく経済を守らなければならない、ということが目的なのだとすれば、助成金はまったくなじまない制度です。目的と手段が完全にずれていることになります。
雇用調整助成金ってなに?
これらを踏まえて、改めて雇用調整助成金とはどのようなものかというと
・事業活動の縮小を余儀なくされた場合に
・従業員に休業手当を支給して休業させて
・雇用の維持を図った場合
に、一定の額が支給されるものです。
コロナウイルスの問題が起きてからできたものではなく、ずっと前からあったものです。
今回のコロナ対策として都合の良いものが用意されているかのように見えますが、助成金の性格と元々の仕組み上、今回この助成金を使おうとすると様々な障害が発生します。
【申請ハードルその1】労働法をきっちり守っている必要があること
先に述べたように、助成金は、労働法をきっちり守った労務管理を行っている必要があります。雇用調整助成金については、コロナ特例でかなり要件が緩和されていますが、基本の考え方は同じです。
労働法を守った労務管理って何かというと例えば下記のようなものです。
■就業規則があること
(従業員10名未満の場合は労働条件通知書)
■出勤簿があること
(出勤時刻、退勤時刻、勤務時間が記載されていること)
■賃金台帳があること
■労働者名簿があること
■雇用保険に加入していること
■従業員の雇用保険番号を管理していること
などなど。。。。
残念ながら、これらがすべて整っている会社ばかりではありません。これについてはいろいろな会社の事情がありますので、今ここでそれを指摘するつもりはありません。
ただ言えることは、法定の帳簿がそろっていない会社は助成金の申請にあたって大きなハードルがある、ということになります。
※就業規則や雇用契約書について、小規模事業所で作成していない場合は申立書の提出で可となりました(5月中旬、全国社会保険労務士会からの質問に対する厚生労働省からの回答による)
【申請ハードルその2】そもそも要件が複雑
雇用調整助成金、一体いくらもらえるんですか?
よくある勘違いは「今回払った休業手当」×「助成率」がもらえる!というもの。しかしそうではありません。
あまりに勘違いが多いのでつくってみました。
休業手当の何割かがもらえるんじゃないの?昨年度の平均日額????
そりゃ難しいですよ。理解の範疇を超えています。さらに計算式が変わることが予定されています(5/19~予定)。
これはほんの一部。
読めば読むほどさらに複雑怪奇な世界が待っています。
支給要領は文字だけぎっしりで60ページくらいありますからね。しかも、専門用語いっぱい。理解するには労働法全般の知識があることが大前提です。
広く多くの人が申請するにはちょっと無理があると言わざるをえません。
※支給額の計算は、さらに変更になる予定です(5/19詳細発表予定)。ね、また変わるんですよ。
【申請ハードルその3】シフト等で人の入れ替わりの激しい勤務体系には向かないということ
雇用調整助成金は、もともと製造業向けのものでした。しかし、今回コロナウイルスの影響を受けて緊急に支援が必要となっているのは、飲食店など小規模のサービス業がメインです。ここにまたひとつの悲劇があります。
サービス業においては固定のシフトを定めることが難しく、仮に雇用契約書があったとしても勤務日については「シフトで定める」としか記載されていないこともあります。
就業規則に代表的な所定休日や所定労働時間が記載されていたとしても、シフトパターンが複雑すぎて、実態と乖離してしまっているケースもあります。
これがなぜハードルになるかというと、雇用調整助成金の原則に立ち返ります。
・従業員を休業させて休業手当を支払った場合に
ということです。
休業させるということは、基本の「勤務日」に対して「休業」が発生するわです。仮に土日休み会社であれば土日に休んでも「休業」にはなりません。ただの休日です。
しかし、シフトが複雑であったり雇用契約書に明記がないような場合だと、「基本となる働くべき日」が分かりません。
「基本となる働くべき日」が分からないと何が問題なのでしょうか?
どの日を「休業日」=助成金対象になる日、とできるのかが分からない。ということです。
また、悪い見方をすれば、通常週2日程度しか勤務していなかった従業員に対して、週5日を休業日として申請して助成金を申請する、ということもできてしまうわけです。これでは不正受給です(だからこそきっちり労働条件通知書などを求めているということでもあります)。
勤務日が安定しないことそのものは法令違反とまでは言えません。しかしこのような場合に助成金申請上どのように取り扱うべきなのか?という困難が発生します。労働局に問い合わせの電話をしてもつながらない、つながったとしても明確な回答は示されませんでした。(だって、役所としても、決まってることをやらなくてもい、などは言えませんものね)
※これについては、前年同月の状況に当てはめることは可との見解がだされました(5月中旬、全国社会保険労務士会からの質問に対する厚生労働省からの回答による)
上記は一例ですが、このようなハードルがいくつも存在しているということです。
【申請ハードルその4】受給までに時間がかかる
通常助成金の受給については、申請から早くて2か月~長いもので10か月程度かかります。(審査すべき書類がたくさんある)
そして、助成金は「使った費用の一部が助成される」という後払いが原則です。ですから、いったんは従業員への給与を会社が払う必要がありますので、資金は別途用意しておく必要があります。
今回は申請から2週間程度で支給といっていますが、実態としては無理だろうなと感じています。何故なら、そもそもが要件の細かい助成金なので、審査が大変だからです。それに、申し込みが殺到する予測もあります。
仮に申請から2週間が実現されたとしても、申請できるのは「従業員に休業手当を支給した後」が原則です。
ですから、もし4月に休業して、給与支払いが末日締め翌月20日の会社であれば、申請できるのは5月20日以降、そこから2週間、としても受給できるのは6月に入ってからになります。
今資金繰りが必死な状態で、すぐに企業が救われるわけではないのです。
※実際に支給しなくても賃金台帳が作成されていれば、支給日前でも申請は可能です。それででも給与計算確定以降であり、タイムラグが発生することには変わりがありません。
※なお、5月中旬時点での申請件数が少ないことについては、当たり前です。4月の休業について申請できるのは5月給与が確定してから。つまり、月末締めの会社であれば5月に入ってようやくこれから申請が始まるのが「通常のスケジュール」だからです。
【申請ハードルその5】要件がコロコロ変わる。変わりすぎ!!
当然、これでは現在の危機的状況を救うことはできませんので、要件がどんどん緩和されていきました。支給要領の改訂は2020/2月以降で7回繰り返されています。
・2020/2/14
・2020/2/28
・2020/3/10
・2020/4/10
・2020/4/22
・2020/5/1
・2020/5/19?
※公式変更分だけですので、プチ変更的なものを含めればもっとあります
厚生労働省の方もかなり大変だと思います。あまりに矢継ぎ早に変更が行われるために、発表される文書のつじつまが合っておらず、こっそり数日後に修正されていたり。
改定内容は遡り適用になるものもあり、要件が緩和されたことでかえって混乱を招く場面もありました。何月何日~何月何日までがどの要件?何月何日~何月何日がどの要件?並べてみればモザイク状態。これでは一般の事業主の方には全くついていけません。
※5/7時点で作成したもの。今度は初回の計画届も不要になるようです(5/19正式発表予定)。不要になるのは1/24~分?4/1~分?
せっかく理解した内容が変更になる、用意した書類が不要になる(のかならないのかも不明)。
小出しに要件変更が発表されるので、いつ申請するのか?の時期判断が難しく、さらに申請時期が遅れるという結果になっています。
労働局やハローワークに問い合わせが殺到し、電話はつながりません。やっとつながっても電話相談の予約が数日後だったりします。
さらに、労働局やハローワークの方々にも変更詳細が伝えられていないようで。。。(厚生労働省のHPがいつの間にか変更されているだけ)行政窓口も混乱。電話しても正しい答えにたどり着くのが困難になってしまっているという状況です。
【申請ハードルその6】スポットでサポートしてもらえる社会保険労務士が見つからない
これだけ複雑難解な手続きが必要なものですので、本来は社会保険労務士にサポートを依頼していただきたいところです。
お任せいただけるのであれば、どれだけ困難だろうが、私たちが腹くくってサポートすればいいだけのこと。お客様を救うことはできます。
しかし、顧問社会保険労務士がいる会社はよいですが、いない会社は、スポットでこの助成金申請代行だけ受けてくれる社会保険労務士を探すことが非常に難しいのです。そこにはまた海より深い事情がありますが。。。
長ーくなってしまったので、続きは別途。
問題点ばかり指摘してしまったので、最後はちゃんと、じゃあどうすればいいの?まで伝えられるところまでいきたいな。