雇用調整助成金、社会保険労務士を探すのが難しい理由


雇用調整助成金は、要件複雑、提出書類も多いです。だからこそ、本来であれば社会保険労務士にご相談いただくのが確実です。

しかし「社会保険労務士が引き受けてくれない」という問題が生じています。特に、顧問社会保険労務士がいない会社において、スポットで(今回だけ)支援してくれる社会保険労務士が見つからない、という声を聞きます。

何故なのでしょうか?

まずは顧問先のお客様を守ることが第一

これは言うまでもないでしょう。私たちはいつでも、お客様の事業を支援するためにいます。誰も経験したことのない事態が発生している中、日頃サポートさせていただいている顧問先のお客様を全力で守る、これを第一に考えるのは当然のことです。

これを前提とした場合に、今回何が問題になるかというと、

責任をもって顧問先のお客様を支援するため

雇用調整助成金は、コロコロ変わる支給要領理解にかかる時間も含めて非常に作業量が大きいものです。それが、今回多数のお客様のサポートをしなければならない。しかも、年度初めは通常でも入退社の手続きが立て込む時期です。それに加えて、コロナ対応での労務相談も増加、電話は鳴りっぱなし、泊まり込みという話も聞きます。責任をもって対応させていただくためには、顧問先のお客様に限定せざるを得ない、ということもあります。

労働法を遵守していることが大前提であるということ

前回の記事でもお伝えしたように、雇用調整助成金は、労働法を遵守した労務管理が行われていること、法定の帳簿が整っていることが条件です。しかし、残念ながら、様々な事情により現時点でそれが整っている会社ばかりではありません。

もしご相談いただいた時点で、キーとなる帳簿が「ない」のだとすれば、お受けするのが難しいということになります。

もし遡って作成したら?偽りの帳簿を作成したとして不正受給(後述)とみなされることにはならないか?ということに頭を悩ませることになります。

また、雇用調整助成金のご説明にあたっては労働基準法、雇用保険法その他労働法について知る必要があり、助成金以前に理解を深めなければならないこと、やらなければならないことが沢山あります。

例えば雇用調整助成金の要件である、下記の1文だけをとっても、

・休業させて休業手当を支給した場合

・休業手当とは何か?業績悪化で休んでもらうのに賃金を払わなければならないのか?
・月給の6割払えばいい?平均賃金ってなに?

これらを理解したうえで、
・休業させた日の給与計算はどうするのか
・欠勤控除はどのように行うのか、

など、法令及びこれまでの会社の運用をおさえた帳簿の作成方法をこれから学ぶことが必要になります。

顧問先のお客様であれば、これまでのやり取りの中で基本的な仕組みは作っていただいていることがほとんどです。(だから要件が煩雑でも書類作成そのものは力業でなんとかなる)

しかし仮に、初めて社会保険労務士という人に出会った事業主さんが、今から雇用保険に加入しよう、雇用契約書を作成しよう、就業規則を作成しよう、ということになれば、別途時間も費用も必要になります。緊急、かつお金がない、だからこそ申請したいこの時期に、それを受け入れるのは事業主さんにとっても相当な勇気が必要になることでしょう。

社会保険労務士が負う連帯責任

助成金について社会保険労務士が申請書の提出代行を行う場合、もしも不正受給に関与している場合は社会保険労務士も連帯責任を負うということになっています。

※「不正受給」とは、偽りその他不正の行為(刑法に触れる、またはそうでなくても故意に支給申請書に虚偽の記載を行い又は偽りの証明を行うこと)により本来受けることのできない助成金の支給を受け、又は受けようとすることです。。

助成金申請時に提出する「支給要件確認申立書」という書類の中で、不正受給に関して次の内容について署名をすることが求められています。

①申請事業主と連帯して受給金額の1.2倍+延滞金を弁済すること
②社会保険労務士の住所、氏名公表
③5年間は助成金申請ができない(他のお客様のものも含め)

雇用調整助成金は、受給額が非常に大きくなることがあります。万が一連帯責任を負うこととなった場合の金額は相当なものになります。

また、社会保険労務士の氏名や住所が公表されれば、それに伴う信用失墜、その先の事務所生命にもかかわることになります。既にご依頼いただいている顧問先のお客様の信頼を裏切ることとなります。

不支給から5年間助成金の申請ができなくなるということは、他のお客様の助成金も扱うことができなくなります。ということは、顧問先のお客様にご迷惑をおかけすることになってしまうということです。

ですから、助成金業務はコンプライアンス意識が高いお客様にしかサポートできないということになります。

スポットのお客様に対応した結果、顧問先のお客様にご迷惑がかかるようなことは絶対に避けなければならないことです。

不正受給ってそんなに多いの?

実は雇用調整助成金は、過去に多くの不正受給が指摘されているものでもあります。リーマンショックの後も雇用調整助成金が活用されましたが、その後、不正受給とされた例が数多くありました。

雇用調整助成金について、平成20年度~平成25年度の不正受給の件数として、会計検査院から数値が発表されています。次の数字は雇用調整助成金支給を受けた事業主のうち、625事業主を抜き出して調査した結果です。

不正が認められた事業主の数:146/625事業主(約23%)
不当と認める雇用調整助成金額:1,050,050,447円

無題

※↑会計検査院HP画面より

不正受給として代表的なものには次のようなものが挙げられます。
・休業していないのに休業として届け出た
・教育訓練を受講していないのに受講したことにして届け出た(教育訓練を受講すると給付額が追加になります)

「不正受給」に関与しなければいいんじゃないの?

もちろんです。

ほとんどの社会保険労務士はそんなことは行いませんし、不正行為や不正になるような指導はしません。

しかしながら、問題があった場合には何をもって「故意」「不正」とされるのか、事故に巻き込まれる危険はないのか、については懸念が残ることとなります。

どんなに注意を払っても、お客様からいただく資料の全てにおいて100%その正当性を確認するのは難しいでしょう。例えば、休業とされている日に本当に休業しているのかどうか。全てのお客様の全ての従業員の方に対して全ての日、全ての時間休業しているかどうかを現地で確認するのは事実上不可能でしょう。

ですから、ある程度は事業主から提出される資料が真正であることを前提として進めることとなります。助成金申請は強い信頼関係があることが前提となります。

また、労働法上適正な指導であったとしても、助成金上は不正とされてしまわないかどうか、そんな判断の難しい書類もなくはありません。(労働法上OKであることと助成金上OKであることは別です)

また、不正受給で多額の受給金額返還、企業名公表ともなれば私たちだけでなくお客様自身の企業生命に関わることにもなります。

私たちもプロですから、スポットとは言えご縁のできたお客様、お客様がそういった過ちに陥らないよう、様々なヒアリング、調査、説明、履歴を残すこと、などを重ね、綿密に対応を行います。それは当たり前のことではありますが、必然的に数多くのお客様の支援をすることは難しく、新規のお客様はお断りせざるを得なくなります。

顧問先のお客様にご迷惑がかからないよう、事務所スタッフを守るよう、責任ある仕事を行う上慎重にならざるをえないということになります。

雇用調整助成金に限らず、助成金申請について社会保険労務士が顧問先のお客様に限定していることが多いのは、これらの事情が複合していることにあります。



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