僕と君の物語 -ある日の待ち合わせ-
シチュエーションボイス動画
こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
以下、ボイスの小説版になります。
!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。
時計をちらりと見やる。約束の時間は13時だけれど、今示す時間は約束の時間からそろそろ15分が経とうか、という時間。知らない相手だったり、あまり仲良くない相手だったりしたら怒って帰ってしまうような時間だけれど、私が待っているのはそんな相手ではない。
たとえ15分の遅刻があっても、私が約束の時間から30分以上前に着いていたとしても、待っていてもまったく苦にならない相手。
「……なんか、安心しちゃう自分がいるんだよなぁ」
そうぼやいてももちろん返ってくる言葉はない。独り言は駅前の雑踏の中に隠れて、喧騒の一部になって消えていく。言葉と共に吐き出された息は白く、季節はすっかり冬になったと身体が改めて実感したようだ。
ぴゅう、と一筋の風が私の横を通り過ぎる。冷たい北風は私の頬を撫で、その寒さから巻いていたマフラーに顔を埋めて一時しのぎの寒さ対策をとる。本当はどこかお店にでも入っていればいいんだけど、それですれ違ってしまったらまた合流するのも大変だし――と考えていたそんな時だった。
「ごめんごめん、おまたせーっ」
駅の方から聞こえる声。慌てた様子で駆け込んでくる姿を見て、マフラーの下で少しだけ微笑んだ。
肩より短い薄紫の髪を左右に跳ねさせながらやってくるその姿は、私が待っていた張本人。ワンポイントのヘアピンはいつも通りに、薄茶のセーターを身に着けた彼女は私を雑踏の中から見つけると、一目散にこちらにやってくる。おーい、と手を振りながらやってくる姿を見てほっとしながら、彼女がこちらに来るのを待つことにした。
「遅れちゃってごめんね。もしかして、結構待った?」
「ううん、そんなに待ってないよ。さっき来たところだし」
彼女に気を遣わせないようにと微笑んだ嘘は、どうやら私の赤い手を見て気づいたらしい。ひょい、と空いていた手を取られると、つめたっ、と一言。
「ほら、手。こんなに冷たくなってるじゃん」
「あ、はは……」
慣れない嘘はつかないほうがいいな、と苦笑してごまかしていると、しょんぼりと眉を下げた彼女。
「こんなに冷たくなるまで待たせちゃって……ごめんね?」
改まって言われてしまい、苦笑いをして返すことしかできない。確かに待ってはいたけれど、別に待っている時間が嫌だったわけではないし、彼女は遅れたとしても必ず来てくれることも知っているから、私としてはその待っている時間も楽しいんだ、と思えるのがちょっとだけ不思議な気分だった。
「ううん、大丈夫大丈夫。待ってるのそんなに苦じゃなかったから」
申し訳なさそうにする彼女に笑って言えば、そっか、と笑ってくれた。
「今度は遅れないようにするね」
「うん……ってそれ、何回か聞いてるけど」
「あはは……確かに」
彼女の遅刻癖は実は今に始まったことじゃない。むしろ今日は早い方だなぁ、なんて思ったけれどそれは言わないお約束。それを言ってしまったら彼女が拗ねてしまうかもしれないし。
「それよりほら、早く行こ? 今日は服見に行くんだよね?」
彼女の言葉に頷くと、ほらほら、と手を引かれる。
「早くしないと見に行く時間なくなっちゃうよ? ……遅れてきた僕が言うのもなんだけど」
「あっ、自覚してたんだ」
「そりゃぁねぇ……」
遅れたことに関しては特に何かを言うつもりはなかったけれど、彼女がしきりにそんなことを言うのでなんだかおもしろくなって笑ってしまった。
彼女――汐見さんとのお出かけの約束は、待ち合わせから20分経ってからのスタートだ。
ふらりふらりといろんなお店を回ること数時間。買いたいもの、買うものなんかを二人で色々話し合いながら回っていたらあっという間に時間が過ぎていて、一通り回って落ち着いたころ、足も疲れたしなんて言いながら入ったのはどこにでもありそうなコーヒーショップ。入って適当に席をとりつつお互いの注文を持って席に着くと、どちらからともなく息がこぼれた。
「いやぁ、回ったねぇ」
「だね……」
両手いっぱいに抱えた袋の山が今日の私たちの成果を物語る。思った以上に買ってしまった、と財布のもの寂しさに目をつぶりながらそう言えば、また嬉しそうに笑う、彼女がいて。
「色々見られたし、君も楽しそうにしてたから僕も楽しかったよ」
「でも、たくさん買っちゃったから何が何だかわかんないな……」
こんなに買うつもりはなかったけれど、汐見さんがあれもいい、これもいいと色々おすすめしてくれたし、それもいいなと思ってしまった自分はいつの間にかそれらも籠の中に詰めていて、結局こんなにたくさんの服を買ってしまった、というわけだ。
「あはは、それだけ抱えてたらどれが一番か、わかんなくなっちゃうね」
「ホントだよ。汐見さんが色々おすすめしてくれるから、勢いで買っちゃったものとかたくさんあって大変だなぁ」
元々そういうつもりではあったのだけれど、とは言わない。せっかく来てくれたのだし、彼女の好みを少しでも知れたら、なんてことを知ってるのは私だけでいいから。
そんな隠し事をしつつ、注文したコーヒーを一口。寒い季節にぴったりのホットコーヒーは一口飲めばふわりと身体に熱を運ぶ。それだけでさっきまでの寒かった身体がじんわりと温まっていくようで、ほっと一息ついた。
彼女もそんな感じだろうか――と顔をあげれば、携帯を見ては何かに返事を返している彼女がいて、私の視線に気づいたのか彼女もまた私の方に視線を向ける。
「何か連絡でもあったの?」
「ん? あぁ、ちょうど連絡来てたから見てただけだよ」
「ふぅん……」
まだまだたくさん話したいことはあるのに、彼女の意識がちょっと逸れたことにちょっとだけやきもち。
そんな私の表情を見て、苦笑しながらごめんごめん、と謝られる。
「無視してたわけじゃないってば」
「それは……わかってる、けど」
でも、せっかくの時間なんだから――と言いかけた私にかぶせる様に、視線を少しずらしてあっ、と声をあげる。
「あっちにこの間言ってたお店あるじゃん!」
「え?」
「この前僕に美味しいお店があるって言ってたでしょ? あそこじゃない?」
彼女の指さす方に視線を向ければ、そこには確かに以前話をした彼女も気に入りそうなお店があった。そんなことも覚えててくれたんだ、とそれだけで満たされてしまう自分が何だか悔しくなってくる。
「近くまで来たんだし、ほら、行こうよ!」
きらきら輝かせる髪色と同じ瞳。にっこり微笑む彼女に、白旗をあげながらも悪態を一つ。
「そうやってごまかそうとして……いいけどさ」
「あっ、わかる?」
「当たり前じゃん。すごくあからさまだったもん」
「あはは……やっぱりお見通しだよねぇ」
正直者の彼女はまっすぐ私に言葉をぶつけてくるから、こっちの調子もちょっとだけ狂いそう。少しでもそんなことじゃないってば、と言いそうなものだけれど、彼女はそんな風にはいわずにでもほら、と言葉を続ける。
「せっかく楽しい時間だし、僕も君と楽しみたいからさ」
――あっけらかんと、嬉しい言葉を投げかけてくるから。
私の一番欲しい言葉を、彼女はこともなげに言ってくるのが悔しかった。まるで私の心でも読んでいるんじゃないかと疑ってしまうくらい……いや、それくらい私も単純なのかもしれないけれど、それでも欲しい言葉をそのままくれる彼女がやっぱり。
どうやらそんな複雑な気持ちが顔に出ていたらしい。そうだ、と声をあげて私の手を取る。程よく温かな手が私の手を包んで、温度がじんわりと共有される。
「それならここから、僕にちょっと付き合ってよ」
「え?」
出された提案は、思わぬもので。びっくりした私はきょとんと彼女を見つめると、えっとね、なんて言いながら言葉をつづけた。
「君と一緒に行きたいところがあるんだ」
予定にはなかったけど、まだ時間ある?
今日はこのまま終わりかと思っていた私にとって思わぬお誘いに、驚きながらも頷くことで精いっぱいだった。
「よかった、時間あるみたいで。君もきっと気に入る場所だし、君と来た思い出も作りたいんだよね」
ふわりと笑う彼女。特徴的な口元と笑顔に、ドキリと胸の鼓動が大きくなる。
我ながら単純だと思うし、こんなことで、とも思う。こんな風に自分の気持ちが簡単に動いてしまうくらい、私は――
そんな私のことにも気づくわけもなく、彼女はいつの間にか立ち上がって、私の方へ手を差し出していた。
「ほらほら、早くいかないと日が暮れちゃうよ」
「あっ」
そう言われるがまま彼女の手を取ると、力強く引き上げられる。彼女自身はまったくの無自覚でやられるのだから、こちらとしては心臓に悪い。
「時間はあるって言っても有限だからね。僕、まだまだ遊び足りないから」
――もう少し、付き合ってね?
わくわくする場所に連れて行ってくれるのかもしれない。それこそ私も気に入る場所だと胸を張っていたことを考えると、きっと待っているのは楽しいことのはず。
だけど、それも全部きっと一人じゃつまらない。
全部、そこには彼女――汐見さんの存在があるから楽しいと思えるんだと思って、単純すぎる自分の思考に呆れてしまう。
そりゃそうでしょう?
――嫌いな相手といるよりも、好きな相手といたほうがずっと楽しいってことくらい。
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