The only time for you -page 2-
シチュエーションボイス動画
【#シチュエーションボイス 】相合傘 (ENG Sub)【三ツ夜 藤 / vtuber】
こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
以下、ボイスの小説版になります。
!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。
じめじめする季節。不安定な天気は、いつ崩れるかわからないのがこの季節の一番読めないところだ。雨の予報を朝テレビで聞いて意気揚々と傘を持って行っても降らない時もあるし、逆に大丈夫だと思っていたのに急な天気の変化で身動きが取れなくなることだってある。
……そう。たとえば今なんて言うのはまさにそうだ。
「うわっ、雨……」
仕事の帰り道。せっかく早上がりできて意気揚々と歩いていたのに、先ほどまで明るかった空は一気に雲に隠れ、代わりにぽつり、と腕に落ちてきた雫を皮切りにその数は一つ二つと増えていく。数分もしないうちにそれは数えきれないほどの量になって、しとしとと音を立てて降り始めた雨に慌てて近くにあった屋根の下に逃げ込んだ。
幸か不幸か、本降りになる前に避難できたおかげで最小限の被害で済んだけれど、飛んだ足止めをくらってしまってはため息がこぼれてしまう。
せっかくの早上がりだったのに、気分が台無しだ。
空を恨めしく見上げても、曇天の空は意に返す様子もなく音を立てて雨は降り続ける。傘を忘れた自分が言うのもなんだが、本当についてない。
「どうしよ……」
夏に差しかかる前の梅雨の時期。空気は重たげに、じっとりと湿って私の身体にへばりついている。季節柄仕方がないといえばそれまでなのだが、せっかく高揚していた気分を台無しにされたようで、自然と顔色も暗くなるというもので。
だから自分が今いる場所がどこか、一瞬わからなかったんだと思う。
「……あれ? どうしたの、こんなところで」
声をかけてきたのは、聞き覚えのある声。声のする方へ振り返ってみると、そこにいたのは私がよくいくカフェのマスターである、三ツ夜藤さんだった。
次いで、私が今彼のカフェの軒下で雨宿りしていることに気が付いた。きっとカフェの前で空を見上げている人が気になって出てきた、といったところだろうか。
「ごめんなさいマスター。営業妨害、ですかね……?」
「ううん、別にそんなつもりじゃないよ。見知った顔の人がたまたま外にいたからさ」
彼はいつも通りの様子で話しかけてくる。ここがカフェの前だから、というわけではなくおそらく彼自身の本心なのかもしれない。
「……あぁ、通り雨かな」
少しすれば彼も空模様を見て察したらしい。声を漏らしたと同時に、そういえば、と続ける。
「今日は雨が降るかもって天気予報で言ってたね。この時期はどうしても雨が多いから」
「あ、あはは……そう、ですよねぇ……」
梅雨時――しかも今のこのご時世、突然の雨なんてよくあることなのに、折り畳み傘すら常備していないことをどう思うだろう。
なんとなくそれに気づかれたくなくて苦笑いしていると、こういうときばかり察しがいいマスターはバッグしかもっていない私の手元を見て少しだけ眉を下げる。
「もしかして、傘忘れちゃった? だからここで雨宿りしてたんだ」
ズバリ言い当てられてしまい、返す言葉も見つからない。ばつの悪そうな顔をして見せると、少しだけ笑ってそんな顔しないで、と言って見せる。
「そんな拗ねないでよ、誰だってそんな日もあるさ。僕も時々忘れちゃうこともあるし、気持ちはわかるから」
「マスターも忘れることとかってあるんです?」
「あるとも。僕だって人間だよ?」
「えぇ……なんかそういうところ、抜け目なさそうなイメージだから」
私の中のマスターのイメージではあるけれど、なんとなくそんな気配がする。すごくマメで、逐一私たちに気を使ってくれているところを目にしていると、そんな印象が強く残っている。
そんな私に僕ってそんな風に見える? なんて言いながら談笑が始まった。
カフェの前でのちょっとした営業。雨の中だけど、先ほどより少しだけ心のくもりが晴れていくような気がした。
どれくらい話し込んでいただろうか。カフェにも入らず、その前で店主と話す客人という不思議な構図の中、私たちは相変わらず談笑にふけっている。
しかしまぁ、なんだかんだ言っても30分くらいもたてばさすがにお互いの話題も尽きるというもので。どちらかともなく言葉が切れると、空を見上げる。
相も変わらず雨は降り続いている。先ほどよりは少し収まった気がするが、雨自体は止む気配は見られない。
「なかなか止まないなぁ」
「ですねぇ……」
ぼんやりと見上げる曇天は、自分たちの見える範囲すべてを覆いつくし、その上にあるであろう夏空を食べ続けているのだろう。
「君は? このまま待ってる?」
彼の提案に、どう答えたものかと考える。
カフェの看板には【準備中】の立札があって、おそらくこの後の夜の時間に備えた仕込みの最中なのだろう。その時間を今こうして私に割いてくれているというのがなんだか申し訳なくなってきてしまった。それに玄関の向こう側で聞こえる鳴き声は、彼の相棒がその帰りを待ちわびているような気配すら感じたので。
「うーん……このまま、帰ろうかな、なんて」
「えっ、そのまま帰るの? 傘もささずに?」
私の反応に驚いたのか、目を見開いたマスター。その反応はごもっともではあるけれど、私としてもここで足止めさせてしまっているという事実が申し訳なくなってきたのだ。眉を下げて大丈夫ですよ、と笑って見せると少し考え込んだ顔をされる。
「ちょっと待っててくれる?」
「えっ、」
「すぐ戻るから」
そう言い残すとそのまま店内へと戻っていくマスターの背中を見送る。待ってて、と言われてしまったらこのまま帰るのも忍びないし、その暇を与えなかった彼の魂胆かどうかはわからないけれど、仕方もないのでそのままぼんやりと再び空を見上げる。
梅雨の曇り空。湿度を含んだそれは、いつもより身体を気だるげに、そして気持ちも徐々に暗いものへと変えていく。梅雨時に体調を崩しやすい人も続出するらしいし、この時期は特に気を付けないといけない。
場所によっては雨を求める地域もあるけれど、こんなに曇天の空を毎年のように見ている身としてはぜひともこの雨雲のおすそ分けをしてあげたいな、なんて思っていた。
彼が戻ってきたのは、そんなことを考えていたころ。彼が店内へ帰ってから、数分もしないくらいの出来事だった。
一本の傘と、普段の装いではなく普段着に近いようなラフな格好のマスターと共に。
「え?」
「僕もちょうど今から買い出しに行くところだったんだ」
――よかったら入ってく?
広げた黒い傘は、一人分にしては少しだけ大きい気もする。男の人の傘ってそんなに大きかったっけ? と関係ないことを考えるほどには頭がぼーっとしていたらしい。
しかし、それも傘を差しだしてきた彼を見て正気に戻った。より冷静な自分がこの傘にはいることを強く拒む。
「い、いやいやいや! 申し訳ないですよ!」
せっかくの傘の半分を私に譲ってくれるその気持ちだけでも十分なのに、マスターはそんな私を見て少し苦笑いをして。
「そんなこと言わなくていいよ。僕が君のためにしたいと思ってるだけなんだから」
「いや、でも」
「ほらほら、ね?」
――おいで?
少し甘えたような声。どこか懇願されているような声色に、私はどう立ち向かえばいいというのだ。基本的に人の頼まれごとに弱いことまで見透かされているような気がしてきた。
たとえこの頼みを断っても、きっとこれからの関係が変わることはない。逆もまた然り。お互い客と店主という関係は変わることはないし、これは一種の常連としての特権と言われればそれまでだ。
「……じゃあ、駅まで」
「駅までね。りょうかいりょうかい」
おずおずと傘に入っていく私に満足したのか、先ほどまでとは違う嬉しそうな表情をしながら一歩を踏み出した。私も濡れないようにとその足について、彼の隣を歩くことにした。
さっきまでの曇天は黒い傘に隠れ、その姿を隠した。もしかしたら彼なりに曇天を見つめる私が芳しいものではないことを察していたのだろうか、私が見上げても空が見えないように傘の角度を変えているように見える。
それだけじゃない。私とマスターとでは歩く歩幅が全然違うのに、歩くペースが変わらない。意識しなければ彼が一歩、また一歩とその差が開いていくのに、その気配すら感じさせない。それが逆に違和感となって、視線を傘から隣のマスターへと向けてみることにした。
――だから、気づいたのだ。
「マスター、あの」
「ん?」
「肩、濡れてる……」
そう。空が見えない傘の角度も、私が一切雨に濡れないのも。すべては私の方に傾けられていた傘のせいだった。そしてそのせいで彼の肩がしっとりと湿り気を帯びている。なんでもっと早く気付かなかったんだと自分を怒りたくなったが、今はそういう話じゃない。
遅ればせながら指摘してみると、その詩的で彼もようやく気が付いたようであぁ、と声を上げた。――上げただけで、その角度が戻ることはなく。
「あの、マスター風邪を」
「いいよ、僕のことは気にしないで。それより君は? 濡れてない?」
自分のことはまるで大丈夫だと言わんばかりの様子で、私の心配をしてくる。確かにおかげさまで私自身はどこにも濡れてはいないけど、この傘の主が濡れていたら元も子もないじゃない。
「私は、大丈夫ですけど……」
「それはよかった。君が風邪をひいたら大変だからね」
「でも、そういう問題じゃ」
「いいんだよ。それに、君が風邪をひいたら看病もできないしね」
からかっているのか、それとも本心か。
蜂蜜色の瞳からはその真意を探ることができない。どこか不思議なオーラを放つ彼に圧倒されて、私は次の言葉を失った。
――だから、隙が生まれてしまったわけで。
「あっ」
気づかなければよかったのに。私はずっと前から気づいていたし、その真実は駅までずっと隠しておけたならよかったのにと、願っていたのに。
”その真実”に気づいた彼は、にんまりと嬉しそうな――どこか子供っぽい笑顔で振り返って。
「ほら、今僕ら、相合傘してるね」
この人は、三ツ夜藤という人は、自分の破壊力をきっと知らない。純粋で、悪戯好きで、だからこうして私という一客人にも自然とその振る舞いができてしまうのだ。
「君と僕だけの、秘密だ」
降りしきる雨の中。傘に隠れて私の顔が真っ赤に染めあがったのは、言うまでもない。
――そしてその様子を見て、満足そうに笑う彼の姿があったことも、私しか知らない。
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