The only time for you -page 5-

シチュエーションボイス動画

【Members only】夏祭りを君と
https://www.youtube.com/c/FUJI0083/membership


こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
※こちらは三ツ夜藤様のメンバーシップ限定動画となっています。内容を聞きたい場合はメンバーシップへの加入をお願いいたします。

以下、ボイスの小説版になります。
なお、こちらの小説は単体でもお楽しみいただけます。

!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。


――カランコロン
 履き慣れない下駄の音は、果たして自分のものなのかどうかわからない。たくさんの人たちがごった返すここは、皆一様にして同じ場所を目指している。かくいう私もその目的地へと向かう最中で、時計を気にしながら向かう先は先ほどよりもずっと多くの人たちでにぎわっていた。
 その中で私が探す人物はいないかと目線を彷徨わせていると――ぱちり、と目が合う。

「おーい、こっちこっち」

 私を見つけるや否や声をあげ、手を振ってくる。その表情はとても楽しげで、まるで子供のように無邪気な姿は普段見られることのない彼の新たな一面を見る事ができたような気もする。

「ごめん、遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ、僕もさっき来たところだし」

 合流するや否や謝る私に、笑って返事をする彼。今来たところ、というがそういう人ほどかなり前から来ているのが定石だ。現に先ほどから彼のことを横目に見ている人が多いのだ。こっそりだったら大丈夫だろうという見え透いた魂胆が伝わってきて、なんだか面白くない気持ちになる。

「そう……」

 どこか納得しない様子の私を見て何を思ったのか、彼の視線は私たちの目的地の方へと向いた。

「それよりほら、早く行こうよ。色んなところ見て回りたいんでしょう?」

 気を使ってくれたのか、それとも彼自身が早く行きたいのか。定かではないが話をそっと逸らすので、私もそれに乗ることにしよう。

「そう、ね……って、」

 不意に目に入ったのは、差し出された左手。どうしたのかと首をかしげると、きょとんと驚いた顔を見せる彼に、不覚にも笑ってしまいそうになった。

「どうか、した?」
「ん? あぁ、これ」

 離れないように手を繋いでおこうと思って、ね?
 何を当たり前なことを、と言わんばかりの表情に私の思考は一瞬固まってしまう。
 難度か出かけることはあったけれど、彼の方からこうやって手を差し出されたのは数えるほどしかない。なんとなく恥ずかしがっているのかなとばかり思っていたけれど、今の様子ではどうやら恥ずかしいようではないようだ。

「どうしたの? ほら、ちゃんと手をつないで?」
「えっ、でも」
「君がいなくなっちゃったら、僕も寂しいよ」

 困惑する私をよそに、彼はしゅん、と眉を下げて私を見つめてくる。その顔に弱いことを知っていてやっているのだから質が悪いなぁと思う。
 そんな顔をされたら今更断ることなんてできるわけがないし――断る理由が、そもそもない。

「ん……」

 おずおずと右手を差し出せば、するりと握られる。彼の表情はとてもうれしそうで、この夏の空気も相まってかいつも以上にそわそわと足取りが軽いようにも見える。

「よしっ、それじゃあ早速回ろうか」
「うんっ!」

 かくして私は、久しぶりのお祭りを彼と――藤君と一緒に練り歩くことにしよう。




 遠くから聞こえる祭囃子、笑い声の絶えない空気。大人から子供までたくさんの人たちが行き交い、それぞれの時間を謳歌する。夏の空気に充てられて高揚した気分は私たちも例に漏れることはなかった。

「ふぅ……色んなところ、回ったねぇ」

 すっかり満足そうな声を出しながら、藤君は近くの石垣に腰かけた。私もそれに倣って隣に座れば、脚の疲労が今になって一気にやってきた。随分長いことお祭りの会場を回ったし、その中でも立ち止まる機会は多かったのだ、それは脚がすっかり疲れるのも無理のない話。
 そんな私の様子を見て微笑みかける彼に、どうしたのと問いかける。特別おかしなところはなかったはず――と思ったけど、さっきの屋台で年甲斐もなくはしゃいだのを思い出してちょっとだけ恥ずかしくなった。

「どう? 楽しかった?」
「もちろんよ。藤君もさっきの私、見てたでしょ?」
「あぁ、金魚すくいに夢中になるのはびっくりしたかも」
「わざわざ言わなくていいわよ……むきになっちゃったのは私だけど」

 そう、彼にそそのかされたわけじゃないが、金魚すくいのコーナーに立ち止まった私はやれどもとれない金魚に痺れを切らして、何度も挑戦していたのだ。そんな姿を微笑みながら見つめていたその時の彼の表情を思い出して、恥ずかしくなってきた。

「でもまぁ、君もすごく楽しそうでよかったよ。僕だけ楽しんでたら意味ないしね」

 確かに、今日の彼はいつも以上に楽しそうだった。色んな屋台を回っては、自分のカフェに出す新しいレシピのヒントを探しに来たのかもしれないと思っていたし、現にいつも以上に色んなものを食べていたのを思い出して、笑みも零れる。

「それはそうよ、だって藤君と一緒だったんだもん」

 そう。一人だったらこんなに楽しめなかった。私の隣には彼がいてくれて、私が離れないようにとつないだ手を離すことなく、そして私の歩幅に合わせてゆっくり歩く彼の気遣いに気づいてさらに嬉しくなったのだ。
 藤君がいてくれたからこそ、私はこんなにはしゃいで楽しめたのだ。

「……そっかぁ」

 私の返事に驚いたのか、少しどぎまぎとした様子で頬をかく。苦笑と照れ隠しともとれぬ絶妙な表情で笑う彼に、思わず可愛いなぁ、とつぶやいた。

「可愛くないって」
「そう? 照れてる藤君ってあまり見ることないから新鮮でかわいいと思うわよ?」
「もー……調子いいこと言って」

 こんな彼を見るのが珍しくて、もっとからかいたくなる。そんな悪戯心が湧き始めた、その時。

「そういう君も、浴衣、よく似合ってるよ」

 お返し、と言わんばかりににっこり微笑んで私のことを見つめる。
 今度は私が、照れる番だった。

「今日のために来て来てくれたんでしょう? 嬉しいなぁ」
「っ! もう!」

 さっきまで私が主導権を握っていたはずなのに、あっという間にその手綱は彼の素へと帰っていく。すっかりいつもの調子を取り戻した彼は、嬉しそうに私の頬を撫でた。

「あっ、照れてる。かわいいなぁ」
「ちょ、はずかしい、って……」

 流れるような仕草は、彼にとっては自然のことなんだと思う。だけど私にとっては一向になれるようなものではない。慌てて赤くなった顔を隠すように俯くと、上からは不満そうに隠さないでよと呟かれる。それでも向いてしまったら巻けな気がする――と思ったその刹那。


「――あっ」


 どちらの声、だっただろうか。大きな光が空を舞い、次いで華やかな音が夜空を彩る。
 空の大輪が、花を咲かせたのだ。
 その音と共に私の顔は上がり、彼もまた大輪に目を奪われた。一度咲きだした花火はその後を追うように様々な色を付けながら、満点の空を次から次へと彩っていく。

「花火……綺麗に、見えるね」
「うん……」

 見とれて、動けない。誰もいないこの場所で、彼と二人きりで見つめる空模様なんて、そう簡単に拝めたものじゃない。

「周りには誰もいないし、思わぬ穴場、だったかもね」
「そう、ね……」

 彼の言葉を聞きながら、私の視線はずっと空を上。
 たくさんの色の花が空を彩り、夏の訪れを華々しく飾る。咲いては消え、また大きく咲いたかと思うと下の方でぱちぱちとたくさんの花が咲き乱れる。
 この景色を彼の隣で見る事ができる人は、果たしてどれくらいいるのだろう。
――不意に、視線を感じた。
 感じたほうを振り返れば、ぱちりと目が合う黄金色の瞳。次いでにっこり微笑まれるものだから、どうやら彼にしばらく私のことを見つめられていたことを悟り、かぁ、と赤くなるのがわかる頬。

「いつから見てたのよ。恥ずかしい……」
「んー、僕の話をうわの空で聞いてた辺りから?」
「結構最初から……そんな見なくていいじゃない」

 照れ隠しに悪態を一つついてみれば、あっけらかんとした様子で私を再び見つめてくる。

「だって、花火に見とれてる君の横顔も可愛いなぁって思ったから、つい」

――無自覚にも、ほどがあるんじゃない?
 こういうことを平然と言ってのける藤君に、私はいつだって勝てないのだ。いつだって彼の方が一枚も二枚も上手で、私のことをからかったり褒めたり、変幻自在に私の心をくすぐるから。

「もう……」

 そんな彼に、私が勝てる見込みなど、元よりなかったのだと悟った私は、逃げるように再び空へと視線を移した。
 フィナーレに向かいつつある空の彩は、ひと際大きな花火と共に終わりの時を迎える合図となる。名残惜しいと思うけれど、この瞬きのひと時は何にも替えようのない感情が心を満たしてくれるから。

「はぁ……綺麗だったねぇ……」

 空の式典の終わりを迎え、その余韻に浸るように零れた言葉。その通りだと頷く私に続けるように、彼は笑って・

「あんなにきれいな花火を、可愛い君とみられてよかった」

 しみじみと、心のこもった言葉。私といられたことを心から喜ぶ彼の横顔を、私はきっと忘れない。
 そして。


「また、来ようね。――来年も、再来年も。その先も、ずっと、ね」


 その先があることを、願っていいのだと。一緒にいられることを、彼も願っていることを。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?