The only time for you -page 6-

シチュエーションボイス動画

【Members only】やきもち jealousy
https://www.youtube.com/c/FUJI0083/membership


こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
※こちらは三ツ夜藤様のメンバーシップ限定動画となっています。内容を聞きたい場合はメンバーシップへの加入をお願いいたします。

以下、ボイスの小説版になります。
なお、こちらの小説は単体でもお楽しみいただけます。

!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。


 一日の終わりは、その日の疲れがいつも夜にやってくる。仕事中は気づかないこともあるけれど、帰路を歩く足取りの重さに驚くことがままあるのだ。

「つっかれたぁ……」

 最近ずっと残業続きで見えないところで疲れがたまってきていたらしい。重くのしかかる足取りはそろそろ到着するはずの家路がやたら遠く感じるほどだ。そんなの思わずため息だって零れてしまうし、家までの距離を考えてさらにため息が一つ零れ落ちる。
 最近、色んなことがありすぎてまともに彼の料理も食べられていない。帰ってきたら「おかえりなさい」と「お疲れ様」を言ってはくれるけれど、かなり深夜帯ということもあって、夕食もそこそこにすぐに眠る日が続いたのだ。

「藤君の料理が恋しい……」

 ぼやく本音は、思った以上に欲望に忠実で笑ってしまいそうになる。
 料理なんて手の込んだことはしなくてもいい。でもせめてたまには、彼の作ったカクテルでも飲みたいな。
 そんなことを考えながらとぼとぼと歩くこと数分。見えてきたのは彼の待つ自宅だ。店舗と併設されている自宅の玄関は裏手にあるのだが、今日はお酒を飲みたい気分だし、せっかくの金曜日だから。
 誰に言うわけでもない言い訳を頭に浮かべながら、私は裏手の玄関ではなく、正面の店舗のドアを開いたのである。

「いらっしゃいませ――あっ、おかえり」

 カランコロン、と小気味のいいドアベルを聞きながら入れば、いつも通りカウンター越しにグラスをいじる彼――藤君の姿があった。彼は挨拶をしようと顔をあげて私であることに気づいて、少しだけ表情が柔らかくなった気がする。

「ただいまぁ……」
「疲れてるねぇ、今日もお仕事、お疲れ様」

 私のため息交じりの返事に、苦笑しながらも労ってくれる。連日の激務を知っているからか、その言葉の重みを強く感じるわけで。

「あぁ、せっかくだし何か飲む?」

 疲れた私の表情といつもとは違う入り口からの帰宅に何かを察したのだろうか、彼は視線をちらりとアルコールの方に向ける。そういう見えない気遣いができるのも、彼の魅力だしお客さんはこういう彼に惹かれてやってくることが多いのだろうと、改めて感じる。

「うん、お願いできる?」
「もちろん、ちょっと待ってて――って、」

 彼がにこやかに答えて準備に取り掛かろうとしたその時、彼の足元でくぁ! と鳴き声が聞こえた。そしてそれは私を見つけるとそのまま駆け寄るように足元にやってくる。

「ただいまフランソワ、いい子にしてた?」

 言葉が通じないとわかりつつも、私の帰宅を歓迎してくれるフランソワの頭を撫でる。そうすれば嬉しそうにくぁ、くぁ! と一鳴きしていると上からこらっ、と窘める声が聞こえた。

「疲れてるんだからあとでにしてあげて?」

 彼の言葉を理解しているのかしていないのか、少し不服そうな鳴き声を上げてそのまま私の足元から離れようとしないフランソワ。小さなおしりをふりふりとこちらに向けられたら、私が拒めないことをまるで知っているようだ。
 そんな様子を見て申し訳なさそうな表情をする藤君。そういえば、とばつの悪そうな顔をした。

「ごめんね、相手させちゃって。まだご飯あげてなかったから」
「あぁ、なるほど……」

 私にならもらえると思ったのだろうか。フランソワの方を見ればキラキラと私に何かを訴えてくるつぶらな瞳とぶつかった。

「少しだけ面倒見てもらってもいい?」

 さらに申し訳なさそうな声で話しかける彼が何だか珍しくて、私はすぐにうなずいた。

「大丈夫よ、クルトンってどこにあったっけ?」
「戸棚の上だよ。ごめんね、助かるよ」
「別にいいって。藤君はお酒の準備お願いね」

 彼には彼のするべきことがある。今日はフランソワもご機嫌で私の周りをうろうろとしているし、せっかくだからと好物のクルトンのある戸棚まで歩を進めた。

「すぐ作るから、ちょっとだけ相手してて」
「はーい」

 こんな何気ないやり取りも、いまではすっかり板にもついてきた。そのくらい彼との時間を共に過ごしていることを理解して、嬉しい気持ちに満たされていく。
――あぁ、こんな和やかな日もまたありかなぁ。



 だから、ちょっとだけ油断していたんだと思う。

「お待たせ、できたよー」

 彼の声を遠くに聞きながら、私の目の前では美味しそうにクルトンを食べるフランソワの姿がある。こんなに近くにいるフランソワも珍しいのだ。普段は彼の足元にべったりなのだが、今日はご飯を私があげたからなのか、食べてる時もこちらをちらちらと身ながらご機嫌に食べている。
 そんな姿をにこやかに見守っていたのだが、どうやらそれが彼にはちょっとだけお気に召さなかったらしい。

「二人とも楽しんでるとこ悪いんだけど、ごはん、出来てるよー」

 さっきよりも少しだけ不服そうな声でもう一度声をかけられ、改めて彼の方へと視線を向ける。そこにはすでに出来上がっていた夕食とカクテルグラス。冷めないうちにと慌ててそれを受け取ると、いつもの優しい表情へと変化していく。
――くぁ?

「あぁ、これはフランソワのご飯じゃないの」

 足元で不思議そうに私の手元を見つめるフランソワにそう声をかけると、わかったのかどうかわからないが一つ鳴き声を上げてからまた目の前のクルトンへと視線を戻していく。
 しかしながら、今日の分はもう終わっていて空っぽのお皿だけが鎮座していることに気づき、なんだかその姿が微笑ましくなってしまった。

「ふふっ、二人とも可愛いなぁ」
「フランソワだけじゃない? こんなに可愛くて」
「そんなことないよ。一緒にいるとお互いの可愛らしさが引き立てあっていいなぁって」

 そんな私を見てゆるりと微笑む彼は、先ほど見せた不満そうな表情はどこにもない。何かの見間違いだったかと思ってしまう程一瞬の表情の変化に、私は気づかないまま。
――くぁぁ
 そして私の足元では依然としてフランソワがおかわりをねだる。今日の分は終わったのだと伝えてみても、うるうると見つめるその視線に敵うはずもなく、妥協策としてフランソワをそっと抱き上げた。

「ご飯はあげられないけど、一緒に食べましょ?」
「そのまま飲むの? 飲みにくかったらおろしても大丈夫だからね?」
「ううん、平気平気。フランソワ軽いし」

 それは本当のことだ。他の動物よりも軽い気がするが、その羽毛の温かさは癖になる抱き心地。常連さんの足元から膝に飛び乗る姿を何度か見たこともあるからきっと鳴れているのだろう。私の膝の上でもおとなしくしている。
 ……何この抱き心地。最高すぎるんですけど。

「でもこれ、癖になりそうね……」
「えぇ……」
「むしろ今日はこのまま食べてもいい? 行儀悪かったりしない?」
「……ふぅん、そっか。君がそれでいいなら、べつにいいけど」

 あれ? 今日なんだか機嫌悪い?
 声色が少し暗くなったような気がして首をかしげたが、すぐにその表情がいつものになってしまいその先を追及できないままだった。

「改めてだけど、今日もお仕事、お疲れ様」

――乾杯。
 グラスの合わさる小さな金属音が私たちの間に流れる。この音の安心感にほっと息を着くころには、先ほどの彼の表情のことなどすぐに忘れてしまっていた。
 膝の上で丸くなるフランソワの頭を撫でると、くぁぁ、と嬉しそうな声で鳴いた。




「さて、そろそろいい時間だねぇ」

 何杯か互いに飲み、時計を見ればそろそろいい時間だった。明日も仕事だし、そんなに長いこと夜更かしもしていられない。それに彼だって明日もカフェを開けなくちゃいけないから長い間付き合ってもらうわけにもいかない。

「そろそろ寝ようかな、っと……」

 立ち上がろうとした膝にまだフランソワが丸まっていることに気づく。そこそこな時間私の膝の上にいるけれど、こんなに長く私の近くにいたことは珍しい気もする。
 お酒の力も相まって、いつもよりちょっとだけ気持ちが高揚していたんだと思う。

「僕はもう少しだけ仕事してから寝ようかな。君は? ――って」

 私の方を振り返った彼の驚きに、ちょっとだけ笑ってしまった。
 私はといえば丸まったフランソワを抱き上げ、そのまま夜の支度へと入ろうとしているところだった。

「まだフランソワ抱えてたの?」

 これには彼も驚いたのか、目を見開いている。普段の私だったら考えもしないような行動だけれど、今日はお酒も入っているし、珍しくフランソワの方から近づいてきてくれて嬉しくて、つい忘れてしまっていたのだ。色々と。

「確かにすっかり懐いてるけど……」

 そんなにフランソワの抱き心地がいいの?
 あれ? ちょっと雲行きが怪しい?
 かすかにあった違和感に首をかしげるが、事実フランソワの抱き心地は抜群だ。ふわふわしているし温かさもある。抱き着いていたら眠気も程よくやってくるような、そんな安心感を持つフランソワの抱き心地。

「そう、ね……」

 小さく頷くと、ふぅん、と今度は面白くなさそうな声。

「僕より、フランソワの方が抱き心地がいいんだぁ」

 次いで、低い声。それはまるでどこか拗ねたような、あまり聞いたことのないような声だった。

「えっ、いや別にそういうわけじゃ」

 こんな彼を見たことがなくて、慌てて弁明をしてみるけれど、私の声を聞こえないふりをしているのか、彼はそっと私の抱いていたフランソワを取り上げる。驚いたのは私だけじゃなくてフランソワも同じようで、ぐわぁ? と素っ頓狂な声をあげる。
 そんな驚く私たちを見やりながら。
 ゆるりと弧を描く口元。――あっ、これダメなやつかも、と思った時にはもう遅い。
 そのまま手を引かれ、何も言われず誘われたのは二人の寝室。フランソワはそっと下されドアの先へと追いやられたかと思うと、そのままドアをぱたんと閉じられた。
 つまり、今ここにいるのは私たちだけということで。

「え、っと……?」
「そうじゃないっていうなら」

 途端に近づく彼との距離。声をあげる間もなく次の瞬間には抱きしめられて何も言葉が出なかった。慌てる私を腕の中で閉じ込めて、耳元でこっそり私にだけ伝える、その言葉。


「フランソワより僕の方が抱き心地がいいか、試してみてよ」


 あぁ、そんなの試すまでもない。
 そう思った私の思考は、夜の闇の中に彼と一緒に溶けていく――

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