The only time for you -page 4-

シチュエーションボイス動画

【#Situation_voice】仲直り【三ツ夜 藤 / vtuber】

こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
以下、ボイスの小説版になります。

!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。


 こんなはずじゃなかったのに。

「はーぁ……」

 私のため息は祭囃子に紛れ、誰の声にも届くことは無い。誰も立ち尽くしている私のことなんて見向きもせず、連れ立った人たちと共に今この空気を楽しんでいるようだ。
 なんで、どうして。募るやるせなさを噛み締めて、私は楽しげな空気から一人馴染めないままその場で俯いてしまった。
 手持ちのコップはすっかり空だ。祭りの空気に充てられて買ったレモンサワーは安っぽい味のくせに美味しくて、いつの間にか飲み終わっていたもの。乾杯、なんて笑いながら一緒に飲んだその人はーー今、この場にはいない。
 くだらないきっかけで、私は今ひとりぼっち。お酒の飲めるいい大人が、子供みたいな理由で喧嘩したなんて聞いたら、周りはどんな反応をするのだろう。もちろん私だってそんなことしたかった訳じゃない。本当だったら今頃お酒を飲み歩きながら、お祭り価格の食べ物を摘んでは懐かしいなと笑いあってたはずなのに。

「……かえろ」

 ぽつりと呟いた声は、もちろん誰にも届かない。悲しい独り言を祭り会場に残し、私はそそくさとその場から逃げ出した。


 くだらない喧嘩だった。
 学生時代ぶりの再会。久しぶりに会えたことが嬉しくて、舞い上がってしまった私は当時の頃の勢いで話し込んでしまったが、どうやらそれがお気に召さなかったようだった。小さな言い合いはやがて大きくなり、互いに引けぬまま乾杯を交わしたことも忘れて背中を向けてしまった。
 こんなことしたかった訳じゃない。もっと、再会を喜びたかっただけなのに。
「なんだかなぁ……」
 一人きりでいつもの帰路を歩く。何も変わらないはずなのに、隣が酷く寒く感じる。八月も盛りで熱帯夜が続いていると言うのに、何故か私の隣を吹く風は冷たい気がして、さらに寂しさが増した気がする。
 酔いも混じっているからなのか、それとも。

「あっ」

 あと少しで家に着くところ、目に入ったのは『Cafe&Bar MOON』の文字。大通りに面していながらその佇まいはとても静かで、帰り道にあるから仕事帰りかなんかには時折顔を出しては一日の終わりを自分で労いに行っている。
 お酒やツマミが美味しいこともさることながら、この場所の凄いところは経営するマスターにある。

「……」

 その看板が見え、私の足はピタリと止まってしまった。
 あと数分もすれば家に帰れる。今日あった出来事は私の中にだけしまって、無かったことにすることだってできる。こんなところで突っ立ってないでさっさと家に帰ってしまえばいいのだ。
 頭ではわかっているつもりでも、どうしても足が動かない。まるで縛られたように動かぬ足は、きっと酔いのせい。

「……酔い、覚まし、だから」

 誰に言う言い訳だ。そもそも酔い覚ましにバーに入ろうなんて、前提から狂ってる。
 それでも私は気づけば、鎮座しているドアに手をかけていたのである。


 小気味のいいベルが私の入店を告げる。店内は何名かの客人で席が埋まっていたが、カウンター席は空いていてほっと息をつく。これで満席とかであったら途方に暮れて自宅へと帰っていたことだろう。

「あっ、いらっしゃいませ……おや?」

 そして私の入店にいち早く気付いたのか、客人に向けていた視線をこちらへ向けてくるのはこの店の主――三ツ夜藤。私を見るなり柔和な笑顔で迎え入れてくれ、空いているカウンター席へ視線と仕草で促した。私もそれに倣って空いていた端の席にゆっくりと腰掛ける。

「今日はどうされますか?」

 彼の言葉は至極当然のこと。私がやってきたときと何も変わらずに接してくれた彼の言葉のはずなのに、なぜかその時は無性に腹が立った。
 手に持っていた使い捨てのコップ。本当はどこかで捨ててこようと思っていたのに、無意識のうちにずっと持っていたようで、それをぐっと握りしめる。その様子を少し驚いた様子で見ていたけれど、すぐにその表情は元の店主へと変えていく。

「お祭り帰りですか?」
「えぇ……まぁ……」

 私のコップを見て何を思ったのだろう。そうでしたか、とどことなく楽しそうな表情をする彼が私の中の靄を広げていく気がする。
 だけど私もお酒の飲めるいい大人、こんなことでいちいち腹を立てても仕方がないと、この靄を見ないふりをするように俯いた。
 そんな私をみて何を思ったのか、彼はそれ以上深く聞いてくる様子はなく、手持ちのグラスを拭き始めた。ただならぬ気配を感じたのか、先ほどまで彼と談笑をしていた客人たちは私に心配の視線を送っているような気もする。
――でも、その全部が私の中の靄を少しずつ、大きなものへと変えていく。
 今になって思えば、きっとこれはお酒のせいだった。安いレモンサワーの悪い酔いが少しずつ私の理性を侵食していたように思う。そしてそれは、きっとこの店にいる全員が感じ取っていたようで、何か強い詮索を敢えてしようとはしてこなかった。

「その様子ですと既に何かお飲みになっていらっしゃいますかね。軽く何か作りましょうか」

――しかし、この人だけは違う。
 店主らしく、私を客人としてもてなす。私が既に酔い始めていることにも気づいていながら、その表情はいつもと何も変わらない。当たり前のことであり、私もそれに何か解答しなければいけない。黙り込んだままでは彼も困ってしまうだろうから。

「……お願い、します」

 今にも消え入りそうな声でそう返すと、ゆっくり微笑んでかしこまりました、と一言だけ。
 何かあることは確実なのに、彼はあえて聞いてくることはない。あくまで私から何か話し出すまで待って居るようにすら感じる。
 いうべきなのか、言わないべきなのか。
 もやもやとした言葉にしようのない感情は、じわりじわりとその染みの範囲を増やしていく。
 提供される時間が、こんなに長いと思う日が来るなんて。


 時間にすればたった数分のこと。だけどその無言の間がいたたまれなくて、今すぐにでも帰りたいと先ほどここに入店したことを後悔していた。こんな気持ちになるくらいなら、自宅で一人反省会をしているほうが、まだ、とさえ思った、そんなころ。

「お待たせいたしました。こちらはモスコミュールです」

――カラン。
 氷がグラスに溶け込む音と、爽やかなライムの香りがつん、と鼻を刺激する。グラスに映る透明の液体は、先ほどまで飲んでいたレモンサワーなんかよりずっと高貴なものに見えた。それこそ今の私なんかにはもったいない、とさえ考え始めたが店主の表情は私を歓迎してくれていて、そんなことを考えるのはすぐに申し訳ないと首を横に振る。
 出されたそれにそっと口をつける。爽やかな香りがアルコールと見事に溶け合い、沈んだ気持ちを吹き飛ばすような感覚を覚え、まるで曇り空の間から一筋の太陽の光が差し込んだように思えた。
――しかし、すぐにそれはまた雲に隠れてしまうわけだが。

「……」

 一口飲んでは、その手を止める。そして顔をあげることもできなくてただ俯くばかり。後悔の念と自分の大人げなさに情けない気持ちが広がって、私一人ではとうに抱えきれないほどまで大きくなってしまっていたらしい。
 何も言わない私にさすがにしびれを切らしたのか、彼の表情は少しずつ曇り空――というより心配の表情へと変化した。

「……こんなことを聞くのもなんですが、何かありましたか?」

 精いっぱいの言葉を選んだのだと思う。悩みの声色は表情にも移っていたようで顔をあげると眉を下げた彼の顔と対面した。

「僕でよければ話を聞きますが」

 思えば今日ここにきて初めてちゃんとマスターの顔を見た気がする。それほどまでにずっと俯いていたのだと気が付いて、さらに情けなさが増した。
話すべきか、それとも。
 考えている間にも感情はじっくりと肥大して、膨らむ感情から目を逸らすためにくい、っと出してもらったモスコミュールを一つ煽る。

「……友達と、くだらない喧嘩をしたんです」

――ぽつりと落としたその一言は、私の中にあった何かを起こすには十分だった。

「学生時代からの親友でした。卒業後お互い進路が別れて、それからずっと会ってなかったんですけど、今日たまたまお祭りの会場にいて。学生時代にいつも一緒に行ってたお祭りで、今日行ったら会えるような気がしていったんですけど、まさか本当に会えるなんて思っていなくて」
「ふむふむ」
「向こうも同じこと考えていたみたいで、会うなり二人ですごく嬉しくなったんです。それで再会も祝して一緒に回っていたんですけど……」

 徐々に先ほどまでの出来事を思い出し、声がどんどん小さいものになっていく。注意して聞かないと店内に紛れてしまいそうなくらいか細い声は、とてもアルコールに支配されている人間とは思えないだろう。

「私、お酒もあって舞い上がっちゃって。学生時代の頃の話とか、当時の勢いのままで色々失礼なこと聞いちゃってたんです。最初のうちは向こうも笑って聞き流してくれていたんですが、だんだんそれもエスカレートしてきちゃって」

――最後には、「お前なんてもう知らない」って言われて。

「売り言葉に買い言葉、だったんです。私も負けじと背中を向けて。お互いお酒も入ってたし、歯止めが利かないままで」

 改めて口にして事情を話して、客観的に見たらなんてくだらない。こんなことで意地を張ってしまった自分に情けなさが募る。
 マスターといえばそんな私の話に口をはさむことなく、黙って聞いてくれている。それは決して聞き流しているわけではなく、じっくりと私の話を聞くために口を挟まないでくれているのだ。

「自分でも馬鹿だなぁって思います。だけど、どうしたらいいのかもうわかんなくて」

 こんなどうしようもない大人の悩み。子供だと言われても文句の言いようがないそれに、上がり始めていた顔はまた俯き始めていた。

「なるほど……」

 少しの間の後、マスターは顎に手を添え、考える仕草をしている。こんな子供みたいな悩みにも親身になってくれるのは、本当に彼の素敵なところだと思いつつ、そんなことを思わせているのが申し訳ない気持ちになってきてしまう。
 こんな私の話なんかより、もっと有意義な時間の過ごし方だってあると思うのに、と。
 マイナスの思考は、底を知らないようにどんどんと深みに落ちようとしていた時だった。

「そのご友人とは仲直り、したいんですよね?」

 彼の声が、クリアに私の耳に届く。一番の願いをストレートに告げられ、思わず食い気味に「もちろんです!」と答えてしまった。

「このままで終わりになんてしたら、二度と会えない気がします。そんなの、絶対嫌だ……」
「――それなら、ここで飲んでる場合じゃないですよね?」

 彼の言葉が、ずしりと重みをもってのしかかる。紛れもない正論だし、私がこんなところで管を巻いている場合じゃないことくらい、私が一番よくわかっているのに。

「でも、友達は許してくれるでしょうか……?」
「それはお友達にしかわからないです。だけど、ここでいくら後悔していても先には進めませんよ?」
「うっ……」
「僕は話を聞くことはできるけど、解決はできないからね」

 その通りだと、頷くことしかできない。
 でも、それでも私はまだその勇気がなかった。

「でも……私、すごい無神経でひどいことも言っちゃったし……許してくれるとは、思えなくて」

 あの時の出来事を思い返し、我ながら恥ずかしいくらい子供っぽい事を言った。中には傷つけてしまうようなことも言いすぎてしまっていたようにも思う。そんな私が、今更どんな顔をして会いに行けばいいというのだ。
 そんな私の考えまでわかっていたのか、彼は笑みを作り、私の持っていたグラスを指さす。

「今日ご提供させていただいたモスコミュールのカクテル言葉って、知っていますか?」
「カクテル……言葉……?」
「はい。カクテルにはそれぞれ花言葉のような意味を持つ言葉があります。もちろん、今日ご提供させていただいたモスコミュールにも」

 耳馴染みのない言葉に首を傾げ、知らないと言えば彼は持っていたグラスをカウンターに置き、そっと微笑んでから。

「『喧嘩したらその日のうちに仲直りする』というんです」
「っ……!」

 微笑むマスターに、思わず言葉を失った。
 全部、もしかしたら始めからわかられていたのかもしれないと。そのうえで私の話を聞いてくれて、そしてこの言葉なのだと。

「喧嘩はしても、仲直りすればいいんですよ」
「……」
「喧嘩するほど仲がいい、なんてよく言ったものです。それにお友達と久しぶりに会って、そんな風にまっすぐに喧嘩できるなんてなかなかありませんよ」

 そのお友達もきっと、案外あなたと同じことを考えているかもしれませんし。
 そう言って飲みかけのグラスを下げられる。あっ、と言いかけた言葉を遮るように、彼は再び私に微笑んで。

「ほら、こんなところにいてないで。お客様にはいくところがあるでしょう?」

――お代は、その時まで待ってますから。
 そのほほえみは、私の背中をそっと押してくれる強い力を感じた。
 こんなところにいる場合じゃない。私の行く先は、決まってる。
 カウンターから立ち上がり、マスターに一礼をして荷物を整える。お代を出そうとしたら首を少しだけ横に振られてしまい、困惑してしまう。

「でも、」
「お客様は今後もいらっしゃってくれると信じていますし、それに」

 ゆっくりとした仕草で、私を見つめて、彼はこう言ってくれたのだ。


「――次に来るときは、お友達も一緒に、ね?」



 仲直りなんてすぐできるかわからない。
 でも、きっとこれは長引かせるだけ互いにつらくなってしまうのはよくわかっているし、私はまだあの子と関係を終わらせたくはなかった。
 それに、マスターはわかっていたのだ。

「……はいっ!」

 私が、その友人とここに来たかったことを。そして、彼のことを紹介したいと思っていたことも。



 あれから数日。

「いらっしゃいませ――おや、」

 Cafe&Bar MOON、そこに二人のお客様が来店した。
 二人の表情は穏やかで、彼を見るなり二人は顔を見合わせて笑っていたという。

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