I wish to be with you(Tanabata Voice)

シチュエーションボイス動画

【#シチュエーションボイス 】 七夕 (ENG Sub)【三ツ夜 藤 / vtuber】

こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
以下、ボイスの小説版になります。

!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。


 季節は、私たちが思っている以上の速さで過ぎていく。
 隣を歩く彼がはたと何かに気づいたように声をあげて、私も彼の指す方角へ視線を移した。

「そういえば今日は七夕だったっけ? すっかり忘れちゃってたなぁ……」

 彼の視線の先にあったのは、背の高い笹に集まる人込み。少し視線をずらせば、そこかしこに飾られている星飾りに、そうだったねって笑って見せた。

「あっ、笹も飾ってあるね」
「そうだね」
「せっかくだし、一緒にお願い事を書いていかない?」

 彼の横顔は、子供のようだった。普段、カウンター越しに見せる大人っぽさとはまた違うその表情は、店内にいる時の彼しか知らない人は見る事のできない表情なのだろう。
 なんとなくそれを理解して、頬が緩んでしまった。

「なに、どうかした?」
「ううん、なんでもない」

 人の変化に機敏な彼――三ツ夜藤という人にこの気持ちを悟られないように。曖昧に笑った私に首をかしげながら、そっかと笑って人の集団の方へと歩を進めていく。その後ろ姿を追いかけるように、私もその集団の方へとまぎれていくことにしよう。


 願い事は、言わないと叶わないよ。
 言葉にすることで変わることだってあるし。
 三ツ夜さんと出会ってから、そんなことをよく言われた気がする。夢を追いかけていたあの頃に出会っていたら、もう少し未来が変わっていたかもしれないけれど、私はもうそんな夢を追いかけられるような年じゃなくなってしまった。
 きっと、彼はこういうお願い事を今まで律義にしてきたのだろう。だからこうして、カフェの、バーのマスターとして今日の彼を司るまでになったのだ。私にとっては憧れでしかないけれど、彼はそんな私を見たら「君もできるよ。今からでも遅くないよ?」と言って見せるのだろう。
 短冊とペンを貰って、にらめっこ。何年もこんなふうにお願いをしてこなかったなと思い返して、苦笑いが零れた。さらさらと短冊にお願い事を書いている三ツ夜さんは、何を書くかを予め決めていたようで、何のためらいもなくその紙が黒く埋まっていく。
 私は、一体何を願うだろう。
 追いかけるだけの夢もなくなって、淡々と過ぎていくのを眺めているだけの毎日。ちょっとの刺激は彼の営むカフェに行けば非日常は味わえるし、それ以上を望むのはなんとなく贅沢すぎるような気もした。
 ふと、視線が彼の方へと向かう。既に書き終わったのか、先ほどまで動いていたペンは止まっていて、うーんと少し考えこんでいるようだ。何かそんなに悩ませるものでもあったのだろうか。

「あっ……」

 そんな横顔を見て、ふと降りてきた願い。叶えられるかどうかはわからないけれど、言わないと、言葉にしないといつまでも変わらないといったのは、他でもない彼自身なのだから。
 ペンを取り、藤色の短冊にその願い事を書き入れていく。叶うかどうかはまた別問題として、まずは何よりこの願いを言葉にすることが重要だと思った。

「お願い事何にするか決めた?」

 それから幾ばくか。私が描き終わったのを見計らっていた三ツ夜さんは、短冊を覗き込もうとするから慌てて隠してしまう。改まって自分のお願い事をいうのは、なんとなく恥ずかしい。ましてや今回のこのお願い事を一番見てほしいようでほしくない人なのだから、なおのこと。

「私よりも、三ツ夜さんは?」
「僕? 僕のはね――」

 ちょっと照れくさそうに、そして大事そうに短冊を抱える彼は初めてで。そんな表情もできるんだと思ったし、同時にむくむくと芽生えるのは大人げない悪戯心だった。

「あっ、ちょっと!」

 隠そうとしたその短冊をひょいと取り上げてみる。咄嗟の出来事に予期していなかった彼は慌てた声で取らないでよ! と言ってみるけれど、残念ながらその願い事はもう既に私の手中に収まった。
 ゆっくりとその短冊に視線を向けてみる。彼はどうやら諦めたのか、短冊へ視線を移す私がどんな反応をするのかと少し落ち着きのなさそうな顔をしていて、そんな表情を見るのも初めてだった私はちょっとだけ優越感を覚えた。
――しかし、それはある意味トラップでもあったらしい。
 書かれていた内容に目を通して、今度は私が言葉を失う番だった。

「もう……いいじゃん、そういうお願いを書くくらい」
「で、でも」

 いや、だって。三ツ夜さんのことだから、もっと商売繁盛とか、そういう仕事に関する内容のお願い事だとばかり思っていたのに。まさか、こんな。

「どうしたの? そんな顔を赤くさせて」

 そして目敏い彼はこういうときにも遺憾なくその洞察力を発揮してしまうから問題なのだ。顔色の変わった私の顔を覗き込んで心配そうに私のことを見つめてくる。でも、表情が変わった理由を話すのはすごく憚られるし、何なら恥ずかしすぎて顔を合わせるのも一苦労だ。

「僕のも見せたんだから、君のも見せてよ」

 そして今度は私が奇襲を食らう番。あっという間に手から離れていった藤色の短冊は、彼の元へと届いてしまった。次いで見開かれる飴色の瞳。もうあれは私の願いを読んでしまった反応他ならない。ああ、と後悔しても届いてしまった願いは、戻ってこないのだ。

「【僕とこれからもずっと一緒にいられますように】って……」

 言葉にしてしまうと、そのリアル感がさらに増す。どこかかみしめるように呟いたそれは――あろうことか彼の短冊と同じことを書いているなんて、これを書いたときの私は思いもしなかったことだろう。

「ふふっ、なぁんだ。君も同じこと、考えてくれてたんだね」
「……そうだよ」

 改まって言われると恥ずかしいうえになんともいたたまれない気持ちが広がっていく。驚きと困惑と、そして同じことを考えてくれていた喜びが私の心をぐるぐるとめぐって、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
 そんな私を見て、彼の瞳が三日月の形に変わっていく。あれは新しいおもちゃを見つけたような、どこかからかいがいのあるものを見つけた子供のような眼をしている。

「もう……からかってるでしょ?」
「まっさかぁ。からかってなんてないよ」
「じゃあなんでそんな顔してるのよ」

 こういう顔をしている時は決まってからかいたい時と決まっている。伊達に彼の隣にいる私は、わかってしまうのだ。
 と、思っていたのに。次の瞬間の彼は、少しだけ顔を赤らめてずるいなぁ、と拗ねたような顔を見せた。

「僕だっていうの、恥ずかしいんだよ?」
「私だって恥ずかしかったんだから、お相子じゃない?」
「もう……都合いいなぁ」

 困ったような、恥ずかしそうな複雑な表情の彼。次の言葉を待っていると、何拍か置かれた後、おもむろに私の耳元に近づいて。


「大切な君と同じこと考えてたんだなって、嬉しくなっちゃうじゃない」


 とびっきり甘さを含んだその声は、私の心を射止めるのには十分すぎる。くらりと倒れそうになったのを踏ん張った私を、誰かどうか褒めてはくれまいか。
 彼の魔性を潜めた言葉と声に一気に上がった体温は、真夏日を迎えようとするこの気温に負けないくらいの温度を記録しているに違いない。

「恥ずかしいこと言わせないでよ!」
「逆にそんな恥ずかしいこと、こんな耳元で言わないでよ……」
「他の誰にも聞かせたくなかったから、ね?」
「もう……」

 追撃のその一言に、私はいよいよもって白旗をあげるしかなさそうだ。白旗の代わりに顔の熱をとかそうと手を仰げば、夏を間近に控えたじっとりした空気が私の頬をかすめていく。

「ほら、早く飾ろう?」
「そうね……」

 話をそらそうとしたのか、先ほどまで互いに持っていた短冊を交換して、たくさんの色でつるされた願い事の束に視線を向けた。
 幾人もの願いを乗せた笹の中から、一体どれくらいの願いをかなえてくれるのだろう。一つや二つだけじゃない、たくさんの人の願いを乗せたそれが、果たして神様の元へと届くのか。都合のいい時だけ信じる神様に、きっと神様も呆れられているのかもしれない。
 どこに置こうかな、と考えていると彼はきょとんとした表情でこちらを見ていることに気づいた。

「私の顔に何かついてた?」
「ううん、どこに置くのかなって思って」
「どうして?」

 私は私の場所に、彼は彼の場所に置けばいいのにどうしてと返してしまうのは至極当然のことだと思った。だけどどうやらそれは彼にとっては当然ではなかったようで、一瞬だけ驚いた顔をしたのち、柔らかいいつもの笑顔を浮かべてから。
 こう言って、見せたのだ。


「だって、隣同士にしておいたら、このお願いも叶えてもらえそうだなって思ってね」

 少し恥ずかしそうにはにかむ彼へ、あふれた思いの先は。
――その先を聞くのは、無粋じゃないかしら?

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