怪しい世界の住人〈天狗〉第六話「大天狗と小天狗など」
また他の資料では……
——文政の頃のこと、小田原近在に文章上手の者がいた。彼は築山と言って庭に山を作ることを好み、池を作っては泉水などを引き、移りゆく季節の風情を楽しんでいた。
ある時、異人がひとり庭に現れ、
「われは、小田原、最上寺の山奥に住む天狗なり」
と言う。
そして、
「君は、文章上手と世間に聞こえている。なにとぞ、なにがしの日まで、われにその文章上手の手を貸し給え」
と嘆願しました。
彼は、その言葉にうなづいて、
「では、お貸しましょう」
と、答えたが、異人は、ただ、
「かたじけのうござる」
とだけ言って一礼し、その場から消え去ったと言う。
さて、それから、彼は、筆を取ると運筆もかなわず、にわかに無筆になってしまい、とても困ったこととなった。
その後、某の日に、また、かの異人が庭に姿を現し、
「文章上手の手を返しに来た」
と言う。すると、彼は元のように運筆自在に手が動き、文章上手に戻ったと言う。
その時、異人が、
「君に、何をか謝礼したいものだと思うが、君は庭の築山を好む由に見えたり、なにがしの日、夜に庭に入り山を築き参らすべし。その夜は、家内の人々は外に出るべからず」
と注意をして、その場から消え去った。
その日になって、夜は約束のように家の人々は外に出ず静かにしていたが、夜半と思う頃に、突然、大きな物音がしてとても怖しくなった。
夜が明けて庭を見れば、大きな石が運び込まれ、山を築き、また、深山幽谷に生じるような珍しい樹木が持ち込まれ庭の中に美しく植えられていた。
「これは、とても珍しいことだ」
と多くの人が言って、その頃、遠方より見物に行く人も多かったと聞く。
ここには天狗の姿形の描写はありませんが、自称〈天狗〉だと宣言して不思議なことをするのだから天狗だとしか思えません。ここでは天狗を〈異人〉だと言っています。〈異人〉は死後の官位の一種で神に近いものです。あながち天狗の仕業だとも言えません。
③ 小天狗
ここから先は
¥ 100
Amazonギフトカード5,000円分が当たる
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?