近世百物語・第七夜「呪術師に会う」
子供の頃に住んでいた家の裏の森には、ただひとり生き残ったアイヌ人のシャーマンが住んでいました。この森はヤチ坊主が群生していた森です。
シャーマンはかなりの高齢で日本語を話しませんでした。彼の服装はアイヌの人らしい民族衣装でした。写真に見る古いアイヌの人そのものな感じです。
私が中学生くらいの頃まで、実家の裏に住んでいました。昔ながらのアイヌ人式の建物で、毎日、祈りの儀式を行っていたのです。
彼が住んでいた小屋は川原にありました。森は複雑な地形であるため、区画整理された川原の方が建物を作りやすかったのかも知れません。この川は水深が浅く、夏になるといつも魚釣りをしたり、水浴びをして遊んでいました。小屋から離れてテントを張ってキャンプしたこともあります。特に従兄たちが遊びに来た時は……彼らがボーイスカウトであったこともあり……アウトドアのノウハウを教わっていました。
私が中学生の頃、良くそのジャングルの聖地を探検しました。文明には無関係な不思議な場所でした。カッコウが飛んで来たり、珍しい鳥がいたりしたので、とても気にいっていました。そして時々、そこに、入りこんでは昼寝をしていました。
ある物を目撃するまでは、私にとってその森は、ただの大きな森にすぎませんでした。
その、ある物とは、シャーマンの建物の横に、何とも不思議な形をした箱を見たのです。
私は気になって調べに行きました。電話ボックスのような形で、立てた棺のようにも見える木箱でした。その木箱には戸がついていました。
ただの普通のアイヌの人がシャーマンであることを知ったのは、その木箱の前で、祈りを捧げる儀式を目撃してからです。儀式が終わると、やがてその老人は箱をあけて中に入って行きました。ちょうど、ひとりが入って一杯になるほどの大きさの箱です。いったいその中で、何をしているのかが気になりました。
それから何日か、茂みに隠れて儀式を見ていました。彼は、いつも同じ時間に入って行きます。きまってギイと言う軋み音がして、扉を開き、中に入ってゆくのです。近くから、その中がチラリと見えたこともあります。しかし、見えたのは、何もない空間でした。普通の木箱のようにしか見えず、どこかの入り口のようにも思えませんでした。シャーマンひとりで一杯になる木箱です。
ある日、とうとう私は好奇心を抑えきれず、彼が箱に入ったすぐ後、あろうことか戸を開けてみようと決心し、やがてチャンスが訪れました。
老人が木箱に入って行ったのを確認して、怖る怖る近付いて、そっと戸に手をかけると、そのまま一気に戸を開けました。しかし、不思議なことに、そこには誰もいませんでした。ただガランとした何も入っていない木の箱です。下は土になっていて、誰かがいた形跡すらありません。不思議に思って戸を閉めて、確かに老人が入って行ったのを思い出しながら首を傾げました。
すると、突然、ギイと木箱の戸が開き、中にあの老人が立っていました。怖しげな表情をした老人に睨まれて、一瞬、息をのみ立ちすくんだ時、老人はアイヌ語で何かをつぶやいたのです。
まだアイヌ語は分かりませんでした。言葉の意味は理解出来ない筈ですが、不思議と心の中で意味を感じました。
「シャモの子よ、ここはお前の来るべき所ではない」
と、そして、
「ワシは、呪術を使いシャモを呪い、あの世とこの世を行き来する。シャモの子よ、ワシらの聖地を穢すことなくば、聖地はお前に呪術の意味を伝える」
と、心の奥から声が聞こえました。〈シャモ〉とはアイヌ語で〈和人〉、つまり日本人をさす言葉です。
——彼はシャーマンなのだ。しかも、シャモに呪いをかけている。
と、思った瞬間、怖しくて逃げだしてしまいました。
まだ私はシャーマンの術に対応出来るほど、心が成長していませんでした。逃げながら、時々後ろを振り向きました。何も追っては来ませんでした。ただ、彼の言葉だけが頭の奥から離れなくなりました。
その日から、あの場所で彼を見かけることはなくなりました。あの世に行ってしまったのでしょうか?
それについては分かりません。
ただ、あれから何度かそのあたりで不思議な経験をし、彼と再会して呪術の意味を知ります。そして、彼を師と思うこととなるのですが……。
その後、暫くして、彼は区画整理のため、あの森から立ち退きになりました。その時、老人がどう抵抗したのかは分かりません。
ある日、まるでかき消すように姿を見せなくなり、やがて、ブルドーザが何台もそこを踏み荒らしました。
ジャングルそのものも区画整理され、取り壊され、貴重な自然と共に、計り知れない人類の英知のように思える出来事も、思い出も、すべて消滅したのです。
今にして思うと、こんな残念なことはありません。太古から続く未知の文明の痕跡を、たかだか区画整理のために壊してしまったのです。そして、その後には、どうでも良い建物が立ち並びました。思えばあの森でした貴重な経験が、今の私を形作っているのかも知れません。後悔は先に立ちませんが……。
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