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近世百物語・第三夜「幽霊屋敷奇譚」

 世間には、幽霊屋敷と呼ばれる建物があります。亡霊の住んでいると思われる建築物を、その大きさにかかわらず〈屋敷〉と呼ぶのが一般的な呼び方のようです。子供の頃に住んでいた町にもいくつか幽霊屋敷と呼ばれた廃墟がありました。
 かなり前のことになりますが、兵庫県の尼崎に住み始めた頃も、奇妙な現象をともなう文化住宅に暮らしていました。今で言う事故物件です。当時は住む人にあまり告知されませんでした。あの頃は、業務用ゲーム機の開発をしていた関係から、とても忙しく、深夜に帰ってきては早朝に出勤する日々。ブラック企業ですねぇ。ですが、自ら好んでブラックな働き方をしていました。家にはほとんどおらず、帰りついても寝るだけが精一杯の毎日でした。
 そんなある日のことです。家の壁に、女の人の顔に見えるシミがあることに気づきました。最初は気にしてもいませんでした。
——ただの偶然だろう?
 と思っていましたし、壁のシミを気にして眺めるほど、長く家にはいれなかったのです。
 しかし、だんだんとハッキリした顔だちになって、どう見ても悲しげな横顔に見えるようになりました。ですが、眠くて忙しい毎日だったので、それでもあまり気にしていませんでした。
 その内、台所の水道の蛇口に、長い輪ゴムが巻き付けられるようになりました。これを見て、横顔に見えるシミとは無関係な感じがしました。しかし、こちらも不可解な現象です。どこでこんなに長い輪ゴムが手に入るのでしょう。また、誰がどうやつて家に入って来て、何のために輪ゴムを蛇口などに巻いてゆくのでしょう。
 朝に起きると、輪ゴムが蛇口にグルグル巻きにしてあるです。それを外してゴミ箱に入れても、翌日には同じ状態で巻き付けられています。毎朝、その輪ゴムを外してから一日がはじまりました。
 ある時は、ハサミで輪ゴムを切りきざみ、ゴミ箱に捨てました。でも、やはり翌日にはきちんとつながった状態で、蛇口に巻き付けてあるのです。
 この現象に、いったいどんな意味がのか分かりませんでした。しかし、現実問題として毎日、輪ゴムを目にするのです。そして、現実に、蛇口から外して一日がはじまるのです。

 この手の現象には、気長につき合うことにしていました。だから、何日も、ゴミ箱に捨てては再生する日々が続きました。三ケ月くらい目には、怪奇現象の方で諦めたのか、輪ゴムの方から消えてゆきました。でも、それから毎晩、夜中になると下の階の家が騒ぐようになりました。また、無関係な現象です。
 下の階……当時、私は、文化住宅の二階に住んでいました。階段を降りた下の階は別な家です。文化住宅と言うのは関西特有の建物で、階ごとに家が並んでいる住宅です。
 一週間くらい、ずっとうるさかったので、とうとう夜中に文句を言いに降りて行きました。すると、そこで見たものは、空家で蜘蛛の巣と埃だらけの暗がりでした。
 その時、
「あぁ、あの騒がしさも、怪奇現象と言うものか?」
 と思い、何だか納得出来ない気分になりながら、しかたがないので諦めました。

 そうこうしている内に、誕生日の朝が来ました。その日は、ちょうど日曜日だったこともあり、遅い時間まで寝ていたのです。すると、昼を過ぎた頃だったと思います。部屋の中でハッピーバースディのオルゴールが鳴り響きました。
——たしか、前に友だちにもらった電子オルゴールがあったハズ。
 と思い出し、さっそく見渡すと、工具箱の中にそれがありました。
 片手でオルゴールをつまみあげると、小さなスピーカーと簡単な電子回路がむき出しになっていて、きれいな音でずっと曲をリピートしていました。ただし、電池が入っている筈のところに、何も入っていないのです。
 ふと、電池の部分に指を入れ、それでも鳴りつづけている電子オルゴールを眺めていると、突然、音が止まりました。そして、床下の廃虚となった階から、子供達の笑い声が聞こえました。
 それで、
——幽霊に誕生日のお祝いを言われたのか?
 と思いました。
 これらは明らかに子供の霊だと思います。しかし、子供の霊が壁に女の横顔を見せたりするかなぁとも思います。蛇口の輪ゴムなら、巻くかも知れません。だって、大人は考えないようなイタズラをするのが子供ですから。
 子供の霊は、敵対すると、もっとも怖しい霊になります。気長に相手をすると、わりと親近感を持って近づいて来て、時には福をもたらしてくれたりもします。しかし、多くの場合は悲惨な結果を呼びます。その理由は、対応する大人の方が子供のことを分かってないからです。これは、生きている子供に対しても同じことです。大人が、分かっていると勝手に思い込んで動くと、間違いの元になります。

 思えばあの日の朝から怪奇な出来事に対する恐怖感が薄くなって行ったような気がします。
 それから数日すると、大家さんが、
「建物の立て替えをするんで、近くの別な家へ引っ越して欲しい」
 と、言ってきました。
 そして、そこから歩いて五分ほどの、文化住宅の一階に引っ越しました。しかし、やはりそこでも、別な怪奇現象を体験することなりました。
 それから何度か引っ越しましたが、どの部屋も家賃が異常なほど安いという共通点があり、その家賃にみあう不気味で怪奇な現象がついていました。
 それなりに、恐ろしくも楽しい思いをしましたが、
——怪奇な出来事を恐れないなら、異常なほど安い家賃の部屋を借りることが出来るようだ……。
 とも思いました。
 子供の頃から、色々な不思議な出来事を体験しましたが、本物の幽霊や怪奇現象より、夏休みのお昼にテレビでやっている『あなたの知らない世界』の再現フィルムの方がよほど恐くて、不気味だと思います………。

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