怪しい世界の住人〈天狗〉第三話「僧正天狗の登場」
【天狗の話は三部作のひとつ】
野狐は、人を誘拐す種類の魔物です。
実は、この〈天狗の話〉は〈カッパの話〉と〈狐の話〉の三部作でワンセットになっています。今は、ここでは天狗のことについてお伝えしています。もともと講座で使ったマニュアルに、講座で話した内容を加筆して作っている原稿ですので、やがて野狐のことについては詳しく語ることとなります。しかし、途中で天狗から脱線して、九尾の狐のことを書いた部分が〈天狗の話〉の中にもあります。それはそれとして、そのままにしておいて、天狗の続きを書いてゆきたいと思います。
前回の〈天狗の話〉第二話の中に、
――また、愛宕山、吉野山にも、人が穫られることが時々あるようだ。引き裂きかれて杉の枝に掛けられている屍体なども見た人があると聞く。
と言う部分がありました。
これは、天狗ではなく、狒々と呼ばれる山神の一種のことです。
後で〈山神〉については出て来ます。これらは、とにかく種類が多く複雑ですので、昔の文章の中でも混乱して出てくることの多いモノのひとつです。
江戸時代の定義はさて置き、最初に天狗の記載があってから、しばらくの間、〈天狗〉と言う言葉はあまり書物に登場しません。しかしこれは、ただ文章に残っていないだけかも知れません。
やがて、二百年くらい経った平安時代の中頃になって、突然、妖怪の一種として天狗が登場し始めます。しかも、周知の天狗の上に付け加えられた新しい話のように登場して来るのです。この頃の天狗は〈僧正天狗〉と呼ばれる天狗でした。
【僧正天狗の登場】
僧正天狗……まるで、お坊さんのような名前です。そう、この天狗は、お坊さんがなる種類の〈天狗〉です。この天狗は、今の昔話に見るような、赤い顔の鼻の高い天狗ではありません。この天狗が登場するのには少し経緯があります。
唐から来た〈天狗〉と言う言葉は、定着こそしませんでしたが、〈夜叉天狗〉と言う魔物として、考え方がだけが残りました。
夜叉天狗とは、雷のような声で天を轟かす魔物の一種です。色々な悪さを人間に行う魔物のようなイメージでした。仏教の中で、そのイメージが深くなってゆきました。そして、平安の時代のある出来事が、夜叉天狗を〈僧正天狗〉と言う形に変化させてゆくのです。しかし、当時は〈僧正天狗〉と言う呼び名はありませんでした。この呼び名は、後になって、他の天狗と区別するために付けられたものです。
僧正天狗については、江戸時代の『閑田耕筆』と言う書物の中に、近江の長命寺に〈普門坊〉と言う住職の話として残されています。
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